読了記録

 

 

 

花闇

皆川博子

河出文庫

 

 

 

以前、一度

読み待ちのものだけが

並んでいる本棚から手に取り

冒頭だけ目を通した記憶がある

 

そのときはあまりしっくりとこず

そのまま本棚に戻したのだけれども

 

今回、また

なんの気なしに手に取り

読みはじめ、そして

読み進めていたところ

 

水銀を飲まされ

唖(おし)となったとされる人物が

登場してきて

 

このひとつ前に読んでいた小説 との

なんとも言えない繋がり感に

 

ぎょっ キョロキョロ となった

 

こうなったらもう、どんどんと

繋がっていってほしいものである

 

 

というのはさておき

 

こちらは

江戸から明治にかけての

歌舞伎役者の話

 

メインとなる

いや、メインを張るのは

屋号は紀伊國屋

三代目 澤村田之助

 

語るのは(視点者は)

その弟子、付き人として

黒子のように、寄り添い

世話をやく、市川三すじ

 

三代目 澤村田之助ほどの

看板役者ではないけれども

自身も女形として

舞台に立っている

 

 

冒頭、この市川三すじが

落ちぶれたような?

逃避行のような?

彷徨っているような?

描写ではじまり

 

そこから、遡って

彼の来し方、それから

三代目 澤村田之助 との出会い

と続いていく

 

なもので

ここからどうして

冒頭のような状況になった…?

とずっと気になりながら

読んでいたのだけれども

 

それも、終盤の

三代目 澤村田之助 の

不治の病、発病のくだりで

吹っ飛んでしまった

 

脱疽(壊死)で

 

まずは、右脚を膝上で切断

次いで、左脚を膝下で切断

 

それでも

大道具方と工夫を凝らし

舞台に立ち続け

 

さらには、右手は手首から

左手は小指以外の指を切断

 

してもなお

舞台に立とうとしたその姿

その凄絶さ、その執念に

視界が震えた

 

 

最後の10ページほどは

視界が震えるどころでは

すまないかもしれない、と

 

それまでは

仕事場への行き帰りの

電車内で読んでいたけれども

 

その最後の10ページほどだけは

自宅で読んだ

 

 

結果、危惧していた通りには

ならなかったけれども

 

そして、解説者の方は

そのラストシーンに対して

「田之助の芸が思いがけない方向へと

受け継がれてゆく結末が

この昏い情念に満ちた物語を

未来への希望で鮮やかに

締めくくってみせるのだ。」

と書かれていたが

 

私はそうではないと思うのだ

 

確かに

三代目 澤村田之助の芸は

あのラストシーンを経て

市川三すじを通して

受け継がれていくのかもしれない

 

ただ、あの瞬間の市川三すじは

 

そんなことは

考えていなかったのではないだろうか

 

憧れ、嫉妬、愛しさ、妬ましさ

そういった種々の感情

愛憎が入り混じりつつ

 

彼にとって、強烈な光

もしくは、魅惑の花であった

三代目 澤村田之助

 

その黒子として、陰として

付き従ってきた彼は

 

おそらく、そういった

(さが)なのではないか、と

 

ゆえに、あの瞬間は

芸云々ではなく、市川三すじという

陰として生きる性(さが)の人物にとっての

新しい光が見つかった

そういう瞬間であったのではないか、と

 

もしくは、その新たなる光を

自身が愛憎した

三代目 澤村田之助 のように

輝かせることができるかもしれない

 

という、ある種、エゴというか

本人すらも気がついていない

認識すらしていないかもしれない

利己的な心情、欲望が

 

ちらと顕になった瞬間

だったのではないか、とも

 

そう、どこまでも昏いのである

それこそが「人間」であるかのように

(そこがまた

なんともたまらないのであるが)

 

そして、とすると、確かに

市川三すじにとって

生きる希望が見えたシーンでは

あったのかもしれないけれども…

 

 

そういった、一筋縄でも

型通りにも、綺麗にもいかない

いろいろが渦巻いている

「人間」を描いているところと

 

それから、やはりこの

感情的にならない

 

いくらでもできそうだけれども

決して、御涙頂戴的に

盛りあげることはしない

 

ある種

冷徹なまなざしが貫かれている

 

皆川博子 先生 の書きぶりが

なんとも、なんとも、好きなのである

 

今回、改めて

惚れ直してしまった次第

 

 

そして、この読み終わったあとに

ほうっと放心するような

虚脱するような感じを覚えるのは

 

私にとっては

皆川博子 先生 の作品だけ

だったりもして

 

こんなにも揺さぶられる作家に

出逢えたことの幸せを

重ねて思ってしまった