読了記録

 

 

 

聖餐城

皆川博子

光文社文庫

 

 

 

舞台は

17世紀前半の欧州

新教と旧教が争う

三十年戦争の戦地

 

馬の胎に縫いこめられ

その縫いめから、首だけが

にょっきりと出ていた、という

出自の アディ

 

それを見つけ、養い親となった

酒保商人の ザーラ

 

その荷車を後押しし

輜重隊に加わる少年時代から

 

やがては、傭兵部隊の一員

そして、将校となり

 

果ては、敬愛し、唯一の

忠義を捧げる相手として仕えた

ローゼンブルグの貴族であり

騎兵隊を率いていた フロリアン 

息子たちの後見人となる

その人生と

 

宮廷ユダヤ人であった祖父

その栄華を取り戻そう、そして

同族であるユダヤ人に

安寧と繁栄をもたらそうと画策し

策動する シムション の人生

 

この アディ と シムション

ふたりの人生を主軸として

語られていく歴史小説

 

 

登場人物は多岐に渡るけれど

個人的に取り上げるとしたらば

 

輜重隊に加わっていた少年時代に

ひょんなことから アディ と出会い

その後、期せずして

友情のような関係が

続いていくことになる

 

シムション の末弟であり

背中に瘤がもりあがり

首がめりこんでいる

その不具がゆえに過酷な目にあい

その後、占星術や錬金術に

のめりこんでいく イシュア 

 

アディ と想いを寄せあうけれど

賎民とされている

刑吏の娘であるがゆえに

ままならない ユーディト

 

 

 

読みはじめた当初は

このぶ厚さに

 

 

ページ数としては、850ページ強

厚さとしては、3.5cmほど、に

 

読み切れるだろうか… と

不安を覚えたりしたのだけれど

 

まったくの杞憂で

 

早々に、まさに アディ 

自身の下半身として乗りこなす愛馬

ヴィント のごとく

 

駆け抜けるように

読み切ってしまった

 

 

基本的に

仕事場への行き帰りの車中で

読んでいたのだけれど

 

後半にいたっては、もうあちこちで

涙がぐぐっとせりあがってきてしまい

 

いや、ここ、電車の中だから

耐えろ、耐えるんだ、私よ ………!

となることが何度もあり

 

この読み切ったときの

心地よい疲労感というか

虚脱感というか

 

ひさしぶりの

そして、私の中では

皆川博子 作品の真骨頂である感覚を

しっかりと味わいました

 

 

といって、こちらの作品も

前回読んだ『霧の悲劇』同様

 

私が 皆川博子 作品を敬愛し

耽溺する理由の最大である

耽美さは、それほどでもなく

 

けれど、この、感情的でない

感傷を誘わない

冷徹とでも言ったらいいのか

の文体

 

巻末の解説の 金原瑞人 氏によると

「センチメンタルな部分を一切排除した

スタイリスティックで潔い文体」

 

が、とても、とても心地がよく

 

それがゆえに

ふとしたシーンや

ちょっとした感情の吐露に

グッとつかまれ

揺さぶられてしまうのである

 

 

加えて、例えば

映画や漫画等のエンタメ作品にありがちな

(決してそれらを否定しているわけではなく)

 

ヒーローものではまったくないところ

 

傭兵たちは、捕虜として捕えられれば

生きるために、あっさりと

その捕えられた側の傭兵となり

 

その傭兵たちの一行が

戦地へ向かう途中の村、はたまた

勝利した際のその戦地の街で行う

(それは傭兵の権利として許されている)

強姦や強奪に、残虐な殺戮行為

 

それらもそのまま

(と言っていいのかわからないけれど)

描かれていて

 

 

さらに加えれば

 

傭兵は

戦争がなければ、仕事がなくなり

その仕事がない間は

物乞いや、野盗となって生活し

 

戦争がはじまれば、前述の通り

その傭兵たちの通り道の村々は

惨たらしい仕打ちを受け

 

戦争となっても、その戦場では

これは自分の命が危うい、となると

ささっと逃げる、もしくは

あっさりと寝返る傭兵たち

 

戦争を遠くから指示し

贅沢な暮らしをしている上流のものたち

対して、戦争の犠牲となり

困窮する市民たち、と

 

もともと

宗教の違い(新教、旧教)に

端を発していることもあり

 

いったい、なんのための

誰のための戦争なのか…?

 

という、そもそもへの思いが

何度も湧きあがり

 

哀しいかな、それは

現代の、現状へも繋がり

 

 

見せしめのための、もしくは

メンツのための

処刑があったりもし

 

命が、軽い

 

でも、その命を守るために

必死で生き延びようと

 

そのためだけに生きる人々

そのためにはなんでもする人々が

そこにはいて

 

はたまた、なにかに執着するけれど

その達成を見ることなく去るもの

最終的に、なにも残らず、伝わらず

徒労に終始した(自己満足で終わった)

ように見える人等

 

人間そのものを

感じる作品でもありました