8/23(火)

 

 

@下高井戸

下高井戸シネマ にて

 

 

 

 

汚れた血

 

 

1986年|フランス|125分

 

監督・脚本:レオス・カラックス

出演:ドニ・ラヴァン、ジュリエット・ビノシュ、ジュリー・デルピー、ミシェル・ピッコリ 他

 

 

 

今年の春頃に観た『アネット』が

歪で、不穏で、アクが強くて

一筋縄ではいかないような

すとん、とは理解できないような

独特のごった煮感、個性の強さがあって

印象に残る作品だったので

 

その監督であるレオス・カラックスの

初期作品ということで、気になって

行ってきました

 

 

ところが、この日

日中、仕事が立てこんでいて忙しく

いつもよりも消耗していたせいか

 

開映早々に、睡魔の魔の手に

からめとられてしまい

 

完落ちすることはなかったけれど

ところどころ(いや、結構だったか;)

その魔手に、視界を

持っていかれてしまいまして;

 

そして、からまれることはあっても

たいていは、途中で

魔の手は霧消してくれるのですが

この日はそれがなく、最後の最後まで

まとわりつかれてしまい;

 

記憶が断片的な状態で;

 

 

というわけで

そんな鑑賞状況下での感想を以下

 

 

舞台は

愛のないセックスで伝染する

死の病が蔓延する近未来のパリ

 

ということになっているのだけれど

 

その病も、近未来という設定も

ひいては、ストーリー(筋)自体にも

あまり重きは置かれていない印象

 

台詞も、通常のこう一般的な

ストーリーものとは違い

詩的な感じで、そのまますとんとは

入ってこないタイプ

 

描写も同様で

 

なんだろう、一般的な

ストーリー重視の映画を

具象画とするならば

 

こちらは、バリバリの抽象画

もしくは、現代アートのような?

そんなイメージ

 

なので、こちらも『アネット』同様

一筋縄ではいかない、というか

観る人によって解釈が変わってきそう

 

それから、描きたいことが

ごった煮にされている、というか

後ろで煮こまれている

 

そのなにかしらの熱量のようなものが

伝わってくる、そんな感じがしました

 

 

アネット』のときも

確か冒頭で、監督自身と

監督の娘さんが登場してきていて

 

観終わったあとに

それを思い返したらば

 

もしかして、これは

監督自身の自伝的な

自身の経験や記憶が反映されている

 

アネット』の場合は

ある種、懺悔のような?

 

そういう私的な部分の強い作品

なのかな、と思ったのですが

 

こちらもなんだか

監督(当時26歳)自身の

経験や記憶、リアルな感情

 

その年代、若者ならではの感覚が

落としこまれているような

そんな印象

 

 

若者と言えば

パラシュートをつけて

飛行機から飛ぶシーンがあるのですが

 

ジュリエット・ビノシュ演じる役が

年嵩の男性から「飛べ!」「飛ぶんだ!」と

いくら言われても、一向に飛ばず

しがみついていて

 

なにやら察したらしき

同年代のドニ・ラヴァン演じる役が

「飛ぶな!」「飛んじゃダメだ!」と

声をかけたとたんに

パッと飛んでいく、という 笑

 

あまのじゃく、反抗

(まさに反抗期とか)は

若者時代の特徴でもあったりしますよね

 

 

それから、主役のアレックス

(ドニ・ラヴァン)が恋する

年上の恋人がいるアンナを演じていた

ジュリエット・ビノシュも

 

そのアレックスの元恋人である

リーズを演じていた

ジュリー・デルピーも

 

どちらも綺麗で可愛らしかった

 

 

終映後、売店の前を通ったら

若い20代くらいのカップルが

Tシャツや、ポストカード、じゃなくて

写真?だったかな、を購入していて

 

あぁ、同年代だと、もしかして

この若さゆえのありようを

理解とかそういう次元じゃなく

頭じゃなくて、肌感覚でダイレクトに

受信、共感できたりするのかも

と思ったりし

 

最近初めて観た

『マトリックス』シリーズも

公開当時のタイミングで観たかったな〜

と、強く思ったのですが

 

その時代性、リアルタイムさと同様に

年代のマッチングでの

観るタイミングの幸、もありますよね

 

実際のところはどうだったのかは

わかりませんが

 

私にはその若いカップルが

マッチしたのかな、という風に見えて

 

なんだか自分のことのように

ちょっぴりうれしい帰り道

でした