リハビリテーションに関わる人の体軸理論 -10ページ目

リハビリテーションに関わる人の体軸理論

体軸 体軸理論 リハビリテーション 中枢神経疾患 整形外科疾患 呼吸器疾患 内部疾患 理学療法 作業療法 言語聴覚
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おはようございます。




今回は、私たち体軸リハビリテーションが行っている事の説明を改めてしていこうと思います。私たちの理念の一つ「セラピストの上達を科学する」というものがあります。実際に人の上達過程は研究され理論が確立されています。(その理論は以下の著書を参考にして下さい。)

スポーツ・武道のやさしい上達科学/恵雅堂出版
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私たちはこの理論のもとセミナーを行っています。さらに、そのセミナーを行っている理由の深層は「人類の身体能力(身体意識)向上に寄与したい。」と言うことを目的として行っています。言葉だけ聞くと突拍子もないことに聞こえますが、これらの理論があれば可能であると確信しています。




また。私たちの扱う「意識」「身体意識」とはそもそも、日本人が意識的、無意識的に発展させてきた能力であり”文化”です。それを紐解く鍵は、日本語にあります。全世界から見ても珍しい言語の使用であるため習得が難しいとされる日本語。これは単なるコミュニケーションのツールだけではありません。自らの身体能力を活性化する立派な鍛錬の一手段として”かつては”用いられていました。



それは日本語特有の言い回しで、身体のある一部分を使ってその状態を表現する事があります。例えば、ハラが立つ、ハラを据える、こしがある、こしを据えるなどなど調べてみると沢山あることが分かります。(詳しくは以下の著書を参考にして下さい。)


身体意識を呼びさます日本語のちから/青春出版社
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このように、日本人はかつて優れた身体意識により、その時の身体の状態と精神状態などを総合的に認識し、例えば「怒る」となったときにハラが活性化していることを無意識的に感じ取ることでこれらの言語が出来上がったと考えられます。



日本には「行住坐臥」(寝てても、立ってても、座ってても、歩いていても常に鍛錬と言う意味)と言う言葉がありますが、まさに正しい日本語を使う、ということでこれを可能にしてきました。


しかし、これらの日本独自の文化も壊れ、日本の文化も薄れつつあります。それもこれも「日本人の身体意識の崩壊」によって起こったことです。変な日本語を使っても身体意識でそれを感じることが出来ないと言うことです。そのため、我々は人類の身体意識の向上に寄与したい、「日本文化をリハビリしたい」と思っています。

ハラをなくした日本人/恵雅堂出版
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最後までお読み頂ありがとうございます。


こんにちは。



今回は、体軸リハビリテーションの教える「評価」について書いていきたいと思います。これまでも、評価について体軸理論の観点からその構造、優先順位の付け方、問題点の考え方等を書いてきました。今回は、「評価と治療の関係性」について書いていきたいと思います。

近年のリハビリテーションで行われている評価は、科学の進歩に伴いめざましい成長を遂げてきました。各関節の問題点を関節内外の問題、靱帯の障害、関節包の障害、筋の機能障害、神経の機能障害など、より細かい部位への評価が可能になりました。評価における各評価項目の選定は、ほぼテストバッテリーと呼ばれ各疾患、症状ごとに組まれていることが多いと思います。つまり、評価における条件設定をあらかじめ決定し、行うということです。


この利点は、再現性があり誰が行っても(経験年数の多い少ないに関わらず)ほぼ一致すると言う利点がある他、事務的に流れ作業で行えるので時間の短縮が可能であると言う事です。またこれを言い換え、欠点として浮かび上がる部分としては、「考えなくて良い」と言うことに集約されます。



近年は多くのセラピストの輩出や病院での受容により沢山のセラピストが病院では活動しています。その中で、足並みそろえ保険下の中で一定の成果を出すために必要であったこのテストバッテリーでは「評価のための評価」となりアプローチの手段を自ら考えることが出来なくなってしまっています。



その為、技術を求め勉強するケースが多く見られます。アプローチはあくまでも評価のもと成り立ち、それから考えられるアプローチ方法を自分で考え実践しトライ&エラーを繰り返す事が必要です。これが出来なければ、評価と治療の関連性の理解の欠落が招く事態ということです。常に個々の現象はそれぞれ独立したものではなく常に関係し合っています。その為「評価は評価であり治療で治療は治療であり評価でもある」と言う事です。



評価-治療の流れを止めてしまうのがリハビリの今の形であり、頭でそれを組み立てることが出来なくなっています。常に流れの中で評価と治療は同時に行われていると言うことを頭に置いて臨床をするべきであると思います。その最初のステップとしては、評価をしたらその場でカルテを書くと言うことをしないでリハビリ終了後にそれを思い出し書くと言うことを繰り返し行ってみて下さい。リハビリ途中でカルテを書くとその思考、動作全てがストップしてしまいます。是非試してみて下さい。



最後までお読み頂ありがとうございます。



こんばんは。



今回は前回の続きで、育児シリーズ第七弾「あんよvol.2」について書いていきたいと思います。前回の内容はこちらをご覧下さい→http://ameblo.jp/refuriha/entry-11727829639.html



前回までは、あんよにおいて最初はハイガードの状態であんよします。これを体軸理論的に解釈すると軸の「動き(モビリティー)」形成のため行われていると書いていきました。今回は、その”軸を上に伸ばす”というモビリティーにどのような現象が隠れているのかを書いていきたいと思います。



まずはあんよの目的から考えてみるとその理解は深まります。あんよは何のためにするのか?→簡単に答えれば「上肢をフリーにしながら移動するため」と言うことになります。移動するために必要な身体意識として「裏転子(高岡英夫氏による定義)」と言うものがあります。これに関しては、ハイハイの時にでも必要で、この時にも発達していきます。
*裏転子の詳しい場所、作用については以下の著書をあたって頂ければと思います。

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決定版 身体意識を鍛える (青春新書PLAYBOOKS)/青春出版社
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ここではおおよその場所をお伝えしますと坐骨から内側ハム半分くらいの長さまでの場所と覚えておいて下さい。(実際には厳密な位置があります)と言うことを考えると、裏転子はある程度”帯状”の長さがある形状と言う事が分かります。それを踏まえて考えると、ハイハイの時に使われる裏転子とあんよに使う裏転子は、同じ裏転子でも使う場所が異なります。(全く違うと言うわけではなく要素が違うと言うことです)




ハイハイにおいて動いてみれば分かりますが、坐骨よりもやや下、内側ハムの中でも中盤くらいの場所が働くような感覚があると思いますので試してみて下さい。この時坐骨付近の感覚はなかなかハイハイの動作においてつかみづらいと思います。



そこで、あんよの時のハイガードにそれから発展した機能が隠されていますが、試しに以下の事をやってみて下さい。

①立位の状態から膝がそれより前に出ないようにスクワットをする。(おしりを後ろに突き出すようにスクワット、その状態で裏ももがストレッチされているような感覚があればOK)

②その状態から、両手を万歳します。すると、裏ももにかかっているストレッチ感が坐骨の方まで来る感覚が出ます。



これによって、裏転子全体が機能し移動するために必要な身体意識が機能することが出来ます。



最後までお読み頂ありがとうございます。



こんにちは。



今回は、体軸理論的「評価の極意」シリーズです。テーマは「抽象度」について書いていきたいと思います。今回の内容も前回からの評価シリーズに続いていますので、合わせてご覧下さい




そもそも抽象度とは何か?と言うところからお話しいたします。以下の図を見て下さい



 上の図で書かれているのは抽象度の図です。簡単に説明しますと、「タマ」という単語は「ネコ」という単語に含まれています。ということは、ネコよりネコのタマの方がより具体的になります。さらに具体的にするためには、「渋谷区代々木○丁目の○○家のネコのタマ」の方がより具体的になります。逆に抽象的な表現になると、「ネコは哺乳類」→「哺乳類は地球上の生物」となります。もうお分かり頂けたと思いますが、抽象度が上がるにつれ、その単語に含まれる意味合いは多くなります。また、具体的になると言うことは名詞と言う単語になります。




現在行われている研究やリハビリで行われている評価の多くは、科学の進歩により具体性を見ると言う事に特化しています。評価における各関連書籍も非常に細かくかかれ、ある一部の組織異常も評価することが出来る様になってきました。しかし、なぜそこを細かく見るという条件が生まれたのでしょうか?



勿論、ガンや潰瘍など組織そのものに損傷ないし異常が発見されそれを見つけていくことは必須です。そしてこれに対して問題を「対処」することも必要になります。しかし、このような組織の状態になってしまったという事実の「解決」には至らないこともあります。(対処を重ねて問題”解決”することもあります。)



最近リハビリではよく言われています「木を見て森を見ず」または「森を見て木を見ず」という言葉があります。結論から言えばそれも評価すればよく、どちらも同時に行うべきであると言うのが「問題対処」「問題解決」において重要となります。



最近の評価にはこの「抽象的な評価」がかけているように思えます。あえて抽象的な評価と言えば「各関節、筋、内臓、脳、神経の連動によって起こる動作の分析」であると言えますが、近年ではこれも具体化しすぎてる面があります。歩行は歩行、寝返りは寝返り、立ち上がりは立ち上がりというような状況です。抽象的にとは、その人の動作全体を捉えると言う事です。



上記の事から考えると、もっと「ボーッとした評価」「ボヤーッとした評価」をするべきではないかと思います。実際に臨床上優れた評価をする人は、必ずこの「ボーッと見る」と言うことを意識的にも無意識的にも行っています。



今回のこのシリーズはとても重要な事ですので、何回かに分けて書いていきたいと思います。


最後までお読み頂ありがとうございます。



こんにちは。



今回も大好評シリーズ体軸理論的育児のススメシリーズ第6弾、今までは親の身体のあり方、発育発達学的「軸」の形成、ハイハイ・立っちの構造を紐解いていきました。今回は、運動発達においても最も高度である「あんよ」について書いていきたいと思います。これまでに書いてきたブログの内容と合わせてお読み下さい。



発育発達において「軸」の形成が必須となり、これを基準に「肩甲骨の意識」「股関節の意識」を形成してきました。これら全ての身体意識は「軸」によって支えられていると言うことをまず理解して下さい。今回の話の中でポイントとなるのが「身体意識の動き」についてです。これまで書いてきた内容は、身体意識の構造(例えば軸であれば棒状、丹田であれば球状など)高岡英夫氏によれば身体意識には3つの要素があり①ストラクチャー(構造)②クオリティー(質)③モビリティー(動き)と定義しています。これまでは主に①を書いてきましたが、今回は③について書いていきます。②の身体意識の質とは、例えばある人をみて「暖かい雰囲気がある」や「あの人はクールだ」などと言った雰囲気を判断する際に無意識的に感じているものである。この他には熱いや重い意識がある。



話を育児に戻します。これまで構造化されてきた「軸」のモビリティーにおいてハイハイから立っち、あんよに移行する上で必須となるが、「軸の上昇」の意識です。この他の動きは、軸の落下、反動、つりの動きがあります。ハイハイなどでは、落下・反動の意識は鍛えられますが上昇となるとなかなか難しいです。また、あんよにおいては軸を上に伸ばす事で安定し立つことが出来ます。(この時に軸の動きは、下に動きつつ上昇している上下の動きがある)



この意識の形成に必要な赤ちゃんの無意識的な行動があんよ時の「ハイガード」と呼ばれる動作です。思い起こして頂けたら分かると思いますが、あんよ開始時かならず両手を万歳したまま歩きます。これをハイガードの状態と言い、あんよの安定に伴いミドルガード、ローガードとなり手を気をつけした状態でもあんよが可能になります。このときのハイガードが「軸の上昇」にあたります。


(gooベビーより引用)


ではなぜ「軸の上昇」が必要なのでしょうか?
この件については次回書いていきたいと思います。試しに皆さんも両手を万歳した状態で歩いてみて下さい。何が変わるか体感出来ると思います。



最後までお読み頂、ありがとうございます。