ありがと、浅草。 | 幸せな顔をした人のいない競馬場

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~でもあなたはしあわせでありますように~

今日は浅草を歩きたくなって仕事後ひさしぶりに訪れた。

雷門から入りたい、そんな気分。

心に隙間があるのかな?

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仲見世を進んでゆく途中で、急に斜行するおじさんが…。

他人に迷惑をかけてないので失格でも降着でもない。

ただ僕のケータイカメラの視界に入ってきたので後姿がブログにアップされることになった。

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明日は泣き相撲が行われるらしい。

混むだろうな。

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浅草寺。

美しい。

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ぼくはこういう場所では、自分のことも家族のことも祈らない。

むかしはそうでもなかったんだが。

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五重塔、桜も終わりだ。

・・・

この街の自由な雰囲気は相変わらずで、デカ目プリクラで撮影するおじいさんや、猫耳をつけているホームレスのおばあさん(←これは自由とはちょっと違うものかもね…)がいて、変な人も多い。

浅草では、

日本的でないものも多いのになんとなく日本的になってしまい、

新しいものも多いのになんとなく古く感じられ、

庶民的でないものも多いのになんとなく庶民的に思えてしまう。

おかしな絵も多いし、おかしな名前の店も多いのに、おかしさがそのまま受け入れられて違和感がない。

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(おかしな絵の一例:花やしきの看板)

自由な感じがするのはなぜだろう?

多数派が存在しないことは理由のひとつではないか、と思った。

日本人、外国人問わず観光客の多い街だから、我が物顔で群れている連中は他の街にくらべて少ないと思う。

もっとも人間はどの街にいても人間で、僕はあまり好きではないんだけど。

目立つ多数派が存在しないためか、民主主義的な雰囲気もある。

多数決で意思決定をするのが民主主義なんだから、多数派の存在しない民主主義ってのは、ちょっとヘンではあるんだが。

僕はいい気分になって、浅草を後にした。

ありがと。元気がでた ヾ(@^▽^@)ノ