こんばんは!!
司法試験合格から2週間ちょっと経過しました。
合格を喜んでいる間もなく、ゼミ合宿への出席、大きな論文の提出等があり、先日論文の提出を終えたため、ゆっくり最近は過ごしています。
最終的に
『類似必要的共同訴訟における当事者手続関与権の濃淡(グラデーション)~債権法改正を念頭に~』
というタイトルで8万6000字のものを提出しました。
従前あまりなされていない角度から議論を切り込んでみたので、大変困難なものであり、完成に至るまで指導教授と何度も面談を行い、提出に至りました。
湯河原合宿でも指導教授と面談をし、微修正をかけました。
さて、自分が受けた司法試験ですが、世間からみるとこの「司法試験」とはどのような試験なのでしょうか?
僕はまさか自分が司法試験を受けることになるなんて思ってもいなかったので、全く情報収集を当時しておりませんでしたが、僕の中では「自分には手が届かない日本一難しい試験」という認識でした。
実際に受験して合格して抱いた感想として司法試験は
「日々淡々と努力し法的基礎知識を磨いた上で、司法試験の過去問を通じて求められている力を把握し、またそれに向けて法的基礎知識を習得し、受験仲間と協力し合って頑張り続ければ僕みたいな凡人でも手の届く試験」
であるということです。
司法試験が一部の天才のみならず、凡人でも合格できるということはこの僕が受かった事で証明されました。
もちろん決して楽な試験ではありません。
涙を流す日もあるぐらいキツイ努力が求められる試験です。
ただ、諦めず、最後まで淡々と努力を続ければ守備範囲にある試験ということです。
全員が受かる試験ではもちろんありません。
ただ落ちる人の特徴は
①勉強不足
②日本語が下手(文書作成能力の欠如)
③メンタル弱すぎ
④人の話を聞かず、自己愛が強く、他人の意見に耳を傾けない人
この4つに集約されると思っています。
①(勉強不足)については当たり前です。言うまでもありません。僕もノー勉で過ごしてたわけではないので笑。気分転換に家庭教師やってたり、食事会開催したり、レフリーやったりはしてましたけど、やはり主軸は受験勉強です。このブログからは分かりにくかったかもしれませんが・・・。
②(日本語が下手)については④と関連するかもしれませんが、知識があっても読み手に伝わらない日本語を書いているうちはそう簡単に高い評価はされません。本当にそういう人いるのか?と思われますが、います。僕も答案を読んでいて、何言ってるか分からない答案があります。もちろん低い点数となります。他人からの指摘を聞けば改善できるものだと思いますが、人の話を聞かないと軌道修正できず落ちます。
③(メンタル弱すぎ)については意外と大きいです。司法試験は論文8科目、短答7科目の総力戦です。失敗する科目があっても当然です。けど、それでめげず、最後まで頑張り続けることで合格は近づきます。僕も大きなミスを何度もしていますが、「まぁ、いつも通りだわ」と流していました。
④(自己愛)についてはどうしようもありません。どこかで鼻をへしおられないと気づかないです。ロースクールでは④タイプがたくさんいます。何の根拠もなく、妙に自信家で、他人にそれを押し付けるやつ。そういう人は成長しません。僕はこの点ラッキーで内部生には失礼かもしれませんが、内部生として自分のクソさ、無能さを知っていたので、人の話を聞いて自分のものにしようとする努力はしてきました。
上記4点が落ちる人の特徴だと思います。これは他の友人と話しても概ね一致するものです。
では、僕がなぜこの試験に受かることができたのか?
両親には失礼ですが、僕は正直頭なんて全く良くありません。
小学校からエスカレーターで進学し、受験勉強の経験も今まで殆ど無く、大学院入試も偶然受かったようなものです。
したがって、頭以外の要因こそ勝因であると言えそうです。
考えると
①手を広げず基本的な勉強に留めたこと
②メリハリをつけて勉強したこと
③教授陣に質問しまくったこと
④優秀な勉強仲間に恵まれたこと
⑤学外での先輩、友人、後輩に恵まれたこと
この5つが考えられます。
①(基本的な勉強)
これについては意外と思われる方がいると思いますが、司法試験に向けて手を広げて勉強しようとすると、その範囲の無限さに気が遠くなったり、ドーナッツ化減少などが起きて潰れることが多いです。
そこで僕は、基本的な条文、原理原則、判例に絞って、そこから手を広げず法的基礎知識を身につけることに専念しました。
条文の趣旨、基本的な要件の解釈、原理原則の意味・適用場面、判例の事案及び判旨での重要な間接事実の評価方法、判例の射程などにしぼり勉強しました。
早い話各科目 ア)基本書、イ)判例集、ウ)問題集の3点セットを意識していました。
②(メリハリ)
僕は元々司法試験志望ではなく教員志望でしたので、家庭教師などをやったり、ラグビーのレフリーで試合を吹いたり、食事が好きなのでたくさんの食事会を開催したりと勉強外のことにも一定の時間を割きました。
ラグビーのレフリーで派遣されるときも、午後に試合があれば朝一は学校で、そのまま試合に向かい、吹き終わればまた学校へという感じでメリハリをつけて勉強できたのが自分には良かったと思っています。
家庭教師の担当科目は英語や社会だったので、法律とは違う頭の使い方でリフレッシュできました。
③(教授陣への質問)
僕はこれが顕著だったかもしれません。自分の頭で考えても分からない部分や教科書の行間などについて多くの先生に何度も質問にいきました。
毎回最低でも1時間、長くて5時間の質問を先生の研究室へ行ってしておりました。
これが大変自分では良かったと思っています。自分の思考順序に誤りがあれば訂正してもらえるし、優秀な法律家の思考パターンを生で感じることができるからです。
あとは質問するために、改めて自分の分からない所を炙りだす作業をする過程でも成長がありました。
ようは自分の頭で考えることのきっかけとしての質問、そしてそれでもなお分からない場合の解決策としての質問の両方の意味がありました。
④(優秀な勉強仲間)
僕にはこれが大きかったと思います。僕自身はクソでも僕の周りには本当に優秀な友達がたくさんいました。
僕が心から尊敬しているS井と出会えたことや、カズやN卓など真剣に議論ができる優秀な勉強仲間がいつも近くにいてくれたこと。
これは僕の勉強面だけでなく、精神面をサポートしてくれる存在でも有り、大変重要でした。
合格がわかった時、お互いに電話試しあい、感謝の気持ちを伝え合いました。
⑤(学外でのサポート)
これも大きかった。地方で働いている先輩に慰労してもらったり、同期の友達にも何度も食事をごちそうになって司法試験の応援をしてもらったり、後輩たちからも手厚いサポートを受けました。
僕にとってこのサポーターたちの存在も本当に大きかったです。
いつの間にか、このサポーターの期待に応えるためにも合格したい!という気持ちが芽生えてきました。
辛い時は必ずサポーターのことを思い出して、彼/彼女らのためにがんばろう!!と誓いました。
僕がこの難関と言われている試験に受かれたのは上記①~⑤つの要因がメインです。
これで見て分かるように、僕の力ではなく、外部的な要因がかなり強いものであると分かります。
僕のように一般的な能力の持ち主であっても、周りの支えを受けながらちゃんと勉強すれば受かる可能性があると言うことです。
振り返って見ると、こんなキツイ試験は二度と受けたくないです。
また受けろって言われたら吐いてしまいます。本当に。
けど、チャレンジしてよかったと思っています。
それは
①人生で受験という勝負をしたことがない僕が受験という勝負をし勝てた経験を得たこと
②周囲の存在の大きさに気づけたこと
この2点です。
今後生活する上で、「おめでとう!」って声をかけてもらえる場面がどれだけあるのだろうか。。。
社交辞令で「おめでとうございます」とは何度も言ったり、言われたりしますが、今回は本当に心の底から「おめでとう!」って言ってもらえた気がします。
本当に嬉しかった。
司法試験の正体
それは周りと協力して自分に負荷をかけ努力し、精神を洗練し(され)つつ、歯を食いしばって勉強すれば合格できる試験。
僕はそう思います。
明日は刑訴の勉強会を開催するので、その予習ももう少ししないといけないです。。
では、頑張りましょう!!
2013年9月10日、平成25年度司法試験の合格発表で、無事に合格していたことは前のブログでもご報告させて頂きました。
改めて皆様へ感謝申し上げます。
司法試験の受験生活、そして司法試験を受けて感じたこと、本当にたくさん有りすぎてここ数日考えておりました。
自分にとって司法試験受験ってなんだったのだろう?
こういう事をずっと考えていました。
まず、司法試験を受けることになった経緯を思い出してみました。
元々僕は教師志望であり、大学4年の時も教師志望であったため、教育実習に行ったり、家庭教師などをしていました。
もう少し遡れば、18歳の時に中学校の英語の非常勤アシスタントとして僕の恩師が採用してくれて、教育現場で経験を積むことができました。
そこで出会ったのがKER3年後藤とかキーツ、介優とかです。
介優とKF
今からもう7年前の写真です。
そして教育実習では1年の英語Ⅰを受け持ちました。
しかし、友人に「法学部なんだから法科大学院ぐらい行けば?」と言われ、また父にも「司法試験ぐらい受かれ」と強く言われたこともあり、法科大学院を受験することになりました。
これが司法試験を受験するに至った経緯です。
教育実習中にセンター試験(適性試験)等もあり準備もほとんどせず受けていたので、どうせ落ちると思い、それを良いことに教師の道を選ぼうとしました。
9月に受験をし、予想外にも慶應のLSに合格したので、せっかく入場券を頂いたので、進むことにしました。
教師はまたいつでもできるだろうと考えていました。
先輩たちから
「法科大学院はガチでキツイよーー」
と言われていましたが、元々弁護士志望でない僕はやる気出してもしょうがないだろと本当にノンビリやっていました。
皆が受験勉強に打ち込んでいる夏休み、ラグビーのレフリーも趣味半分でやっていたため、関東協会公認の試験を受けました。
元々神奈川県協会公認を学部時代に取っていたのですが、今度は1つ上での関東協会公認のテストを二泊三日で長野まで受けにいきました。
炎のエンブレム!
勉強ばっかりするのも飽きるのでパリ・ロンドン旅行まで行ってしまいました。
不謹慎だと言われたこともあります笑
教育に興味があったことから、教育行政を司っている文科省のエクスターンに応募しました!!
全国の法科大学院生から1枠という関門だったので、ダメ元で書類を提出したら学内選抜を通過し、人事院選抜も通過し、エクスターンに行けることになりました!!
文科省の前で
やはり教育関係の方が自分に合っているのではないかと苦心するきっかけとなりました。
ずっと教職課程を履修しており、文学部等の競争心のない人達と一緒にいたため、法科大学院のあの競争社会が本当に肌に合いませんでした。
人を成績でしか判断できないような人たちの集まりで過ごすのが本当に苦痛でした。
なにより自分は幼稚舎出身で受験経験の無い無能な人間であり、競争社会ではとてもやっていけないと感じていました。
でもそんな中でサポートしてくれたのは先輩、友人、後輩でした。
とりわけ後輩には本当に心強いサポートをして頂きました。
2010年度 年賀状
同期の笹P
力強いサポートを頂きました。感謝。
いつも応援してくれたA作
いつもなんでも甘えて質問させてくれた関。
そして何より一緒に戦ってくれた同期。
KEROBの藤沼、KF
KF、N卓、M谷、友Bさん、カズ
本当に法科大学院では友達に恵まれました。
キツイこともたくさんあったけど、先輩、友人、後輩に本当に救われました。
当初は軽い気持ちで「司法試験ぐらい受けてやるか」と父の気持ちに応えようとしていたのですが、相手は難関の司法試験。日本一難しい試験とも言われているだけに、さすがに途中からは意識し始めました。
自分にとって司法試験を受ける意味とは
①受験経験の無い自分が一皮むけるための成長手段
②家族の長男としての意地
この2つでした。
弁護士になりたいとかそういう気持ちがあったわけではなく、この上記2つを糧にやってきました。
今、合格体験記を書いているのですが、一日のスケジュールを書く欄があったので、書いてみました。
こんな感じです。
勉強をまともにやったことのない自分にとっては本当に過酷であったと思います。周りからすれば、当たり前の生活でしたけど。
受験ってこんなにもキツイのか!!
と思いました笑
でも、自分は法科大学院生の中でも
家庭教師やったり、
レフリーやったり、
旅行いったり、
部活の合宿行ったり、
食事しまくったり、
本当に楽しく過ごしたと思います。
これで試験落ちたら本当に洒落にならないと思っていました笑
朝7時に学校行って、勉強する生活。
夜は23時まで残って、帰宅して、少し作業して寝る。
本当に地獄のような生活でした。
こんな生活を支えてくれたのは、3年E組で知り合ったS井という友人でした。
彼はどんな辛い時も、がむしゃらに目標に向かって勉強する奴でした。
自分は勉強する姿勢が身についてなかったので、彼と出会ったことは僕の受験生活において本当にプラスでした。
普段はストイックで厳しいけど、質問とかすると本当に優しく答えてくれて本当に助かりました。
今日も彼と3,4時間お茶してましたが、彼への感謝の気持ちは絶えません。
こんなクソ内部生の僕にカツを入れてくれた存在です。
司法試験が近づくにしたがい、やはり緊張していきました。
落ちたらどうしよう。
ただそれだけ。
そんな時、一緒に勉強をしてきた友人同士で励まし合いました。
本当に辛かったけど、受験勉強仲間がいてくれたお陰で本当に助かりました。
司法試験は
5月15日 論文(知的財産法、憲法、行政法) 7時間
5月16日 論文(民法、商法、民事訴訟法) 6時間
5月18日 論文(刑法、刑事訴訟法) 4時間
5月19日 短答(憲法・行政法、民法・商法・民訴法、刑法・刑訴法) 5時間半
合計22時間半。
本当に長丁場で過酷な試験でした。
自分で最後まで受け切れたことを褒めてあげたいぐらいキツイ試験でした。
何度も泣こうかと思いました。何度も落ちたと思いました。
けど、受験を終えて思ったこと。。それは
「精一杯力を出し切った!ベストを尽くした。あとは天命を待つだけ」
ただこれだけでした。
もちろん、ミスとか色々したけど、自分の能力は出しきったと感じました。
だから、これで試験に落ちたら潔く負けを認めようと思っていました。
そして、最高のコンディションで受験させてくれた両親にも感謝したり、精一杯勉強をすることができた達成感を味わうことができました。
そして合格発表の9月10日。。。
僕は自分では怖くて見れないので、本当に全面的に信頼をしているKER3年後藤に発表一緒に見てくれるよう頼みました。本番はKER3年垣下も同行してくれました。
発表を見てくれた後藤。
本当は法務省で直接見るはずだったのですが、KERの練習が長引き、なんと武蔵小杉でネットで発表を見ることに。
僕は怖くて見れず、後藤、垣下に見てもらいました。
もう吐きそう・・・笑
そしたら
垣下「これじゃね?」
後藤「あ・・あった!!」
という声が聞こえ、自分でも確認しました!!
「あった!!!!」
人目構わず、号泣しました。駅のホームでまじで泣きました。
それほどキツイ受験生活だったし、初めての大きな受験に勝てた喜びが本当に大きかったからだと思います。
後藤、垣下を目の前に一人でボロボロ泣いて、喜びました。
あの喜びは本当に忘れないし、そばに居てくれた後藤、垣下への感謝の気持ちもずっと残っています。
母も泣いてくれましたし、父も固い握手をしてくれました。
父から課された壮大なミッションを終えることができて、本当に嬉しかったです。
そして、後輩たちも本当に応援してくれていました。
僕が主催している勉強会のメンバー全員が祝福してくれました。
また、高校時代からの友人が泣きながら電話をくれました。
「お前本当によくやったよ!すげーよ!」
周りが自分のことのように喜んでくれて、僕は本当に嬉しかったです。
受験勉強は確かに自分の力で勝負するけど、けど、僕は本当にサポートしもらって総力戦で臨めた気がしました。
司法試験というのは僕みたいな凡人であっても、ちゃんと周りのサポートを受けながら努力すれば必ず受かる試験なんだと感じました。
天才でなくても、凡人だって司法試験は受かる!
それが証明されました。
司法試験を受験し合格できたことの意味、それは
・受験経験の無い僕が勝負に勝ったということ
・日々の辛い勉強を通じて自分を磨くことができたこと
・仲間の絆を知ったこと
です。
振り返ればお礼を言いたい人がたくさんいます。
一番近くでサポートしてくれた両親、祖父母
死んでしまったルビー、アクビ
受験仲間
教授陣
雑用をこなしてくれた後輩たち。。。
あげればキリがないぐらいです。
こんなキツイ受験勉強は一生に一回だろうし、こんな喜びも一回だと思います。
本当に貴重な経験ができました。
初めは「なんで司法試験なんて受けなきゃいけないんだ」とか思っていましたけど、本当に良い精神修行でした。本当に素晴らしい友達もできました。後輩らの温かいサポートも感じました。
周りにいるあらゆる人間のサポートを感じ、また辛い中でも勉強を続けることで自分を鍛えることができました。
司法試験は精神の浄化作用があると言いますが、本当だったようです。
幼稚舎あがりの無能な僕が司法試験に合格することができたのも、本当に手厚いサポートがあったお陰です。
本当にありがとうございます。
受験勉強のノウハウはまた別の機会でまとめてみようと思います。
本当にありがとうございました。
KF
こんばんは!!
ご報告が大変遅れて申し訳ございません!
平成25年度 司法試験
に無事に合格いたしました!!
本当に本当に嬉しいです。
みなさまの厚いサポートあっての結果です。
合格発表は9月10日だったのですが、
午前中は美容院へ!
自分が大変お世話になったスタイリストさんが退職なさるので、ラストカット!
午後はKERの練習へ!
KERキャプテンのA作!
昼から三田で焼き肉食べました笑
そして、練習が終わり次第、16時に法務省で合格発表があるので向かう予定でした!!
僕は怖くて見れないので、KER3年後藤に付いてきてもらいました!
しかし!!
練習が長引いてしまい、なんと武蔵小杉で16時を迎えることとなり・・・
ネットで見ることに。。。。
怖くて見れない・・・・。
KER3年後藤、垣下が傍にいてくれたので、彼らに見てもらうことに・・・
垣下「これじゃね?」
後藤「あ、あった!」
KF→武蔵小杉下車。ホームで号泣。親に電話→親号泣。
まじで泣きました。本当に。
司法試験受かってました!!!!
長い受験生活でしたが、1回目でなんとか合格することができました!
元々教師志望だった僕は、学部時代227単位という意味不明な単位量を取得し、英語の教員免許を取得しました。
大学4年の時、ひょんなことからロースクールへの受験も考え、受験し、奇跡的に合格しました。
教育実習中にセンター試験のようなものを受けていたので、最終的に落ちると思っていました・・・。
そして今年の5月に司法試験を受験し、先日の発表で合格が確定しました!!
ご報告が遅れてしまい大変申し訳ありません。
この司法試験受験そして合格に至るまで、本当に多くの人にお世話になりました。
司法試験合格関係の記事については、別の日に改めて書きたいと思います。
取り急ぎ、ご報告のみとさせて頂きます。
本当にありがとうございました。
Ref-U/KF
こんばんは!!
唐突ですが、僕はどうも昔よりネット上で個人攻撃を受けることが多いです。
高校時代もそうでしたし、大学、大学院でもそうでした。
KERの掲示板から独立したアメブロを作った時も、掲示板に僕が文章を書いている事自体が非難の対象となりました。
執拗なまでに個人攻撃を受けました。
その後アメブロとKERのHPが連動していたのですが、それについても執拗に攻撃を受けました。
「なぜKERのHPにお前のブログのリンクがあるのか?」
というものです。
それだけに留まらず、僕の家庭環境への言及、パーソナルな部分に対する否定的なものにまで及びました。
自分でも性格は良くない部類だと思うので、煙たがれることがあるのは十分承知していたのですが、あそこまで継続的に個人攻撃を受けることを疑問に思っていましたし、毎回自分の書く文章が火種になっていることが正直ショックでした。
昨年、部のHPに新入生を装って、ただ僕を個人攻撃することが主たる目的であろう書き込みがありました。
疑問を持ちつつ、結果的に部に迷惑をかけていることになるので、リンクを削除してもらいましたが。
その同じ時期、部の監督を主将を不必要に詰めるOBを名乗る者からの書き込みが続きました。
文体的にどうも同一人物ではないかと思いましたし、部員もそう踏んでいました。
ネットは簡易な言論空間であり、大切だとは思うのですが、言論空間としての利用を超えて個人攻撃ともなれば話は変わってきます。
それで、IPアドレスを調査したところ、
その自称新入生
OBを装った者
の書き込みについては同一人物であることが判明しました。
衝撃的なのはこれから。
上記IPアドレスと、自分の知人のIPアドレスが一致しました。
つまり、僕の知人が三者を演じ、まぎれもないその知人が僕を個人攻撃をしてきたことが判明しました。
その人は以前より僕の行動、言動に対しては批判的な立場でしたが、批判的であることそのものは何も問題ないですし、自分に意見を言ってくれる人がいるのは幸せだと思っています。
しかし、それを超えて、匿名を利用し、専ら個人を攻撃する目的で文章を書き続け、かつ、一見違う人格主体を装って、実は同一人物によるものとなれば、それはもう問題がある行為でしょう。
文句があれば直接オレに言えば良い。
同い年なんだし、なおさら対等な言論が可能でしょうに。
ここからは憶測ですが、掲示板時代にあれほど激しく僕を攻撃してきた人物もその人物なのではないかと思います。
あれほど、躍起になり、僕をネット上で責めてくる人なんて決して多くはいないと思います。
もちろん、僕を毛嫌いする人間は多いと思いますが、それを毎回ネット上で執拗に責めてくる根性の腐った人間は多くはいないでしょう。
そいつは大変優秀だと思っていましたし、食事等もした経験があるだけに大変残念に思います。
僕は視野が狭く、偏った価値観を持ってる人間ですので、時折友人にも指摘されます。
「それは違うよ。」
とか
「それはバランスに欠けた考えだよ。」
とか。
耳に痛いことを言ってくれる友人は貴重だと思いますし、そういう人こそ自分の友人であると思っています。
その書き込んだ彼も、僕に批判的である点までは良かった。
しかし、陰湿なやり方で運営をスポイルした点は問題であると思うし、なにより、一定の人間関係を築いておきながら、最終的にこのようなやり方でそれを崩すというのは、僕の今までの人生観では信じられない。
極めて残念です。
友人に真相を話したら
「スピーチレスだわ。」
「同期なのに。。。心中お察しします(T_T)」
「そいつレベル低すぎ。マジで終わり。底辺」
「アンチに負けず、日記書いてくださいね!」
色々コメント頂きました。
もちろん、僕の価値観、やり方については偏っている部分があることは分かっているし、改善しようとも思っています。
批判的な意見を受け入れています。
しかし、卑怯な方法でアクセスしてぐらいなら、正面からアクセスしてもらいたい。
自分の見る目がなかったこと、大変無念です。。。。。。
最近ではツイッターやブログなどの簡易言論空間が発達し、容易に表現行為が可能です。
しかし、健全な言論空間を保つためにも、そういった卑怯な方法でのアプローチは控えるべきです。
僕もこういう性格なので悪口言われるのは慣れてますけど、毎回アクションする度に荒れるのはさすがにダメージを受けます。
ただ、一連のものがすべて同一人物によるものだと分かったため、少し安心はしましたが。
無念の気持ちには変わりないです。

















