Rene TittmannによるPixabayからの画像

 

誰かや何かを簡単に自分の「上に」置いてしまわないこと。

おひとの優劣、それは全て神様だけがご存じだ。

 

たとえ、自分に至らないところがあって肩身が狭い思いをしていたのだとしても、それを理由に貴女が冷遇されていいわけではない。

何らかの改善が必要なら、ちゃんとまっとうな手段と方法で相手に伝えるべき。

それが正しいマネジメントだ。

 

それを、その場での優位な立場を利用して、貴女に不当な働きをされることをよしとしてはならない。

そんな扱いに甘んじてはいけない。

 

おかしいことはちゃんとおかしいと言おう。

言えなくても、貴女がしゅんとする必要などない。

 

だって、ちゃんと必要なことを伝えてくださるかたは、きっとそうしてくださるでしょう? 

それを嫌味やきつい言葉に置き換えるのはおかしいと思うの。

それは子どものすることだよ?

 

世の中にはいろーんなひとが居る。

あわよくばマウントを取ろうとしたり、貴女を見下した態度を取ったりするのは大人として本来するべきではないこと。

そうだよね?

 

だから、何か困惑するような事態に出くわしたら、まずは落ち着こう。

すぐに自分を責めないで。

そして、自分以外の誰かや何かを自分の上に簡単に置かないで。

 

みんなそれぞれ対等でしょ? 

たとえ、その環境での立場というものがあったとしても、それは役割の違いであって、本来、おひとは皆、同じ立場なはず。

 

厳密に言えば、ね? 

上も下もないんだよ。

 

とにかく、もし、何か貴女に不手際があって、それで何らかの改善が必要なら、ちゃんとまっとうに伝えられるべきだし、誰かや何かが権力を笠に着て、貴女を不当に扱うのはまた違うんだよ? 

それだけはわかってね。

 

貴女は本当にとても大切なおひとなんだから。

どんなにご自分を不甲斐なく思えても、ご自分の魂の輝きと煌めきをどうか信じていてね。

God bless you!!

 

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最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。

 

● 夢咲璃い(ゆめさき りい) 女性リーダー・女性起業家のための直観コンサルタント

 

RhondaによるPixabayからの画像

※わたくしにとっての「明るい未来のイメージのひとつ」がこの画像!!

 

無謀も無謀だとはっきり、しっかり、わかっているのですが、それでも、わたくしには今年中にどうしても叶えたい「三つの願い」がございます。

 

今、また丁度「運命の分岐点」におりますわたくし。

今、何を選び、何を志向してゆくかで、まるで、今後の人生が大きく決まってしまうかのような感覚を覚えております。

そう、今こそ肝心要のとき、なのですね。

 

今月上旬、前述の「三つの願い」のうちのひとつをわたくしはあきらめそうになっておりました。

あまりにいそがしくて、思うようにことを進めることが出来ず、また今年もダメかも……! とつい弱気になってしまっていたんです。

 

でも、やっぱり、どうしても、どうしても、今年こそ叶えたい!!

そう強く思うわたくしは、その願いについて、とりあえず出来るところまで、あきらめずに挑戦してみることにしました。

 

その他の二つの願いも、現時点だけで物事を考えるなら、もうどう考えても無理!! ってなことでございまして……(;'∀')

でも、いつも皆さまにお伝えしているように、ほんと「明日、何が起こるかなんて、誰にもわからない」し、「明日、奇跡が起こるかもしれない!!」のだから、これら二つについても、極力あきらめずに、「出来る、成る!!」方向で物事を進めてゆくことにいたしました。

 

この5月以後、はりきってこのブログの記事の更新を続けているのも、そうした流れの一環です。

ほんと、いつ何がきっかけで大きく飛躍出来るかなんて、誰にもわかんないしね。

 

だから、出来る限りの可能性に賭けてみることにしました。

前述のとおり、どう考えても無理……だし、無謀も無謀すぎる挑戦、なんだけれど。

 

でも、人生、いつ何が起こるかわかんないし、いつこの世を去っても、せめて、出来るだけのことはしたと胸を張って言えるよう、精一杯頑張りたいんです。

特に今年は「もう本当に後がない……!!」って心底焦っているから。

 

だから、ほんと、なんとかしていきます。

そのために何よりも必要なのは、まず、自分が、明るい未来を強い気持ちで信じていくことから。

 

そのために出来ることは全部やろうと思います。

勿論、この「三つの願い」を叶えるために必要なことも、ちゃんとやってまいります。

 

とにかく、今は弱気になっている場合じゃないし、躊躇している暇なんて一ミリもないのです。

前へ、前へと進むだけ。

明るい心を保って、強く在ろうと努めるだけ。

 

一度きりの人生、後悔だけはしないように。

神様、どうかわたくしにチャンスをお与えくださいませ。

 

ありがとうございます。

In Jesus’ Name, Amen.

 

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最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。

 

● 夢咲璃い(ゆめさき りい) 女性リーダー・女性起業家のための直観コンサルタント

 

Ralph NasによるPixabayからの画像

 

ついほんの少し前まで、自分でも少し驚くくらい(?)なめらかに英語で会話が出来ていた……! と思っていたのに、ふとしたことをきっかけに「わたしの英語力なんて、ほんと、まだまだだ…… _| ̄|○ 」と痛感させられるように💦

 

すると途端に英語でお話しすることが「怖くなってしまって」、英語脳も英語筋肉(=英語で会話するときに顔の筋肉を駆使することを、わたくしはこのように表現いたします)も思うように動かなくなり。

 

ほんと、一瞬でがちがちに固まってしまって。

ま、この状態を解決するためには英語のお勉強を頑張ることしかないのですけれどもね(;'∀')

 

わたくしは普段、まだまだ拙い英語力にも関わらず、結構、意気揚々とどこででもお話しするのですが(←怖いもの知らず)、やはり英語でお話ししているときの自分と、日本語でお話ししているときの自分は全然違います。

 

英語でお話ししているときは、イエス・ノーもはっきり言えるし、自分の主義主張も(拙い英語ながらも)それなりにしっかりと出来るのですね。

 

しかし、普段、日本語を使って生活しているときは、やはりどうしても「日本人らしく」ならざるを得ない。

それが、英語(※わたくしにとっての英語とは、あくまでも米語なのですが)を使ってお話ししているときは、自分でも気持ちがいいくらい、ありのままのわたくしで居られるんです。

それでも、これまでだって英語を使うことで、何度も何度も間違ったり、恥ずかしい思いをしてまいりました。
そして、これからもそうした思いは永遠にし続けてゆくのだと思います。

 

でも、語学の上達においては、失敗を怖がっていてはいけないとわたくしは常々思っていて。
だから、これからも失敗を恐れず、拙い英語でもいいから、とにかく英語を使ってコミュニケーションをとることをあきらめずにいたいです。

 

今、わたくしはベトナムの方々にボランティアで日本語をお教えさせていただいておりますが、やはり言葉を学ぶということは、その言葉を使われる国や地域、人々の文化を学ぶことだと思っておりまして。

そういう意味では、わたくしは日本語を使う日本の文化よりも、米語を使って生活しておられる方々の文化のほうがしっくり来るのかもしれません。

まぁ、それでも、わたくしは自分のことを「とても日本人らしい日本人」だとも思っておりますけれどもね(;'∀')

 

日本語を教えさせていただいているわたくしが、逆に、ベトナム語を学ばせていただくということは、ベトナムの国や人々、文化、歴史を知ることだと思っております。

ひとつ前の記事に書いたように、どうも Vietnam Matters にはまだまだこれからも関わってゆかなければならないようなので、覚悟を決めて、ベトナム語のお勉強も再開したいと思います。

でも、その前に英語をなんとかしなきゃ!!

英語脳、英語筋肉、ちゃんと取り戻して(?)まいります。

 

頑張ろう。

頑張ろう!!

 

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最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。

 

● 夢咲璃い(ゆめさき りい) 女性リーダー・女性起業家のための直観コンサルタント