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< まずは、プライヴェート用の Twitter Account にて、6月3日に tweet したもの より >
最近また聞き始めた北川久仁子さんの番組(AIR-G'さんの)。
5/28放送分で、保育心理士・保育カウンセラーの高橋宏輝先生(札幌こども専門学校の先生でいらっしゃる)が、何よりもまず子どもの情緒安定がいちばん大事、といった意味のことをおっしゃっておられて、それを聞いたわたくしはもう、泣けて泣けて仕方なかった。
なぜなら、これまで生きてきた中で、わたくしは、現状にひたすら耐えるだけで精一杯で、そこに自らのエネルギーをほぼ全部費やしてきたから。
そんなふうにもがき続けてきた自分を情けない、とか、ほんと、どうしようもないこの運命……とか思っていたのだけれど、でも、高橋先生のお話で、まず何よりも情緒の安定が大事、と知り、ならば、そう生きてこざるを得なかったのは、ある意味、仕方のないことなのかも……と思うに至り。
そして、わたくしの場合、「こころの病気的なもの」だけれど――ならば、これは少し違うかもしれないけれど――、例えば、何か身体的なご病気になられたかたがいらしたとして、じゃぁ、それはそのかたが悪いのか? と言えば、自分はそんなふうには思わないな、と。
だから、わたくしの場合、心のほうに「症状」が出てきたわけだけれど、「そんなふうな生き辛さを抱えるしかなかった、それに必死で耐えるしかなかった」ことも、じゃぁ、それは(自分自身が)悪いとは言えない部分もあるのではないの? と思ったのです。
そう思ったら、少し、楽になれたのでした。
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< 上記の内容について補足いたします >
前述のとおり、わたくしはこの年齢に至るまで、ずっと同じひとつのことでくるしみ続けてまいりました。
そのことつきまして、特にこの春以後、自分自身、とても情けなく思っていたのです。
そのことについて、ただ必死に耐えるだけで日々精一杯で。
本来なら、こんな自分だからこそ、人生に大きな革命を起こしてゆかなければならないのに。
そんなエネルギーは全くなく。
ただ、目の前のことに耐える、ひたすら耐える、それでもうほぼ全てのエネルギーを使い果たしてきた、あまりにも長い年月。
今に至るまで、ただただそんなふうに過ごしてこざるを得なかった自分を、とても情けなく思っていたのでした。
でも、大好きな久仁子さんの番組にご出演された高橋先生は、まず何よりも心の平安が大事、と言った意味のことをおっしゃってくださって。
ということは、その「心の平安」を手に入れるために、つらい環境下、必死にエネルギーを注いできたことにも意味があったのかな? って思って。
ああ、それなら、自分のこれまでの生き方も決して否定されるべきものではない、そう思えて。
いつも「不甲斐ない自分」と思えて仕方ないことについても、神はお許しくださるような気がして。
それで、ほっとして、涙が止まらなくなったのでした。
そして、このような状況下でずーっとただひたすら耐えることしか出来てこなかった自分、そんな自分は少なからず、心に障がい的なものも抱えていて。
それが本当の意味での「障がい」なのか「病気」なのか、それとも、ただの「そうした特性」に過ぎないのか、それは今の自分にはわからないけれど。
そんな自分をも責めてきたけれど、でも、例えば、身体的な病気になられたかたについて、それがどうしようもないものだった場合(=ご自身の不摂生ゆえ生じた病などではないのなら)、その病気になられたかたを責めるか? と言われれば、それは違うな、と思って。
ということは、心がどこか不健康な自分も、そうならざるを得ない星のもとに生まれてきたのかもしれない、それなら、そんな自分を責めることは出来ないな、そう思ったのでした。
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―― このことについては、ずっと記事にしたかったのだけれど、なかなかちゃんと記事にすることが出来なくって、ついそのままになってしまっておりました。
でも、記事にしたいと思い続けてもう二カ月近く。
もういい加減、とりあえずでも纏めてしまおう! と思い、今夜の投稿に至ります。
そんなこんなで、お読みづらい部分も多々あろうかと思いますが、少しでもわたくしが書きたかったことがあなたさまに伝わるなら、幸いです。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。
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女性起業家のための直観コンサルタント 夢咲璃い(ゆめさき りい)オフィシャルウェブサイト


