世の中に新しいものはない、と古代の賢人が言い切っています。
しかし、良いものは大抵模倣され、研究され、工夫され、別の新しい良いものが絶えず創り出されています。まるで進化論の適物生存のようですが、これはそれぞれの人が意識と知恵と感性を働かせているからでしょう。
葛飾為一(北斎)の『冨嶽三十六景』にインスパイアされたフランス人画家がいます。その名をアンリ・リヴィエール(Henri Riviere)と言いますが、彼は、フランス革命100周年を記念して着工したエッフェル塔をテーマに『エッフェル塔三十六景』という版画作品を生み出しています。
生まれは1864年、パリのモンマルトル。トゥールーズ・ロートレックと同い年で、『北斎漫画』が発刊されてから50年後(元治元年)にあたります。
水性の顔料を使う木版画技術を独学で習得し、さらに自分なりの技巧を凝らし、エッフェル塔が見えるパリの街並みと人々の暮らしを描きました。※
構図の大胆さや端正さ、特にその装飾的表現の中に見える精神性は北斎に及んでないように思えますが、逆に言えば写真のような自然な写実性があり、パリならではの洒落た空気感が感じられる佳作となっています。
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バ・ムードンの駅より=パリの風景だが、主役のエッフェル塔は遠くて、小さい。
川船=川の水平線を斜めにし、塔の上部を大胆にカット。中央の煙が効いている。
バトー・ムーシュにて=シルエットになった人馬、塔、長短棒の三点配置が絶妙。
当時、日本は江戸時代が終わる頃ですが、パリは経済的に繁栄した第二帝政時代。地理的にも現在に近い街並みが出来た “パリ華やかなりし頃” です。
アベス通りより=画面3分の2に当たる中遠景を薄く夢幻の世界として描いている。
コンコルド広場より=左向きの婦人、噴水、塔を左に寄せて、均衡を破っている。
パッシー河岸より、雨=市民の活動の間から塔が遠く見えている。雨も浮世絵的。
(『冨嶽三十六景』の中の、大桶の中に職人と遠くに富士山が見えている「尾州不二見原」や、大工が乗っている太い材木の支柱の中に富士山が小さく見えている「遠江山中」から啓発されている)
1867年にパリで開かれた国際博覧会に日本が初めて参加すると、日本の美術品がヨーロッパで注目を集め、あらゆる分野に「ジャポニスム」と呼ばれる一大ムーブメントが起こりました。リヴィエールの『エッフェル塔三十六景』は1888年から1902年の間に制作され、画集として1902年に出版されています。
ラマルク通りより=強風に吹かれる人と散る木の葉は北斎の「駿州江尻」のよう。
(エッフェル塔は左奥にごく小さく薄く見えていて、あるだけでいいレベルにしているのが面白い)
リヴィエールは、カフェ「シャ・ノワール」で影絵劇を上演し、大きな話題を呼んでデビュー。エッフェル塔には実際に建設中に登って、写真撮影をしています。
エッフェル塔の中=中央に大きな物を置くのは広重の「亀戸梅屋敷」に似ている。
建設中のエッフェル塔、トロカデロからの眺め=雪の描き方は日本画そのものだ。
セーヌ川の祭り、7月14日=ライトのグラデーション(ぼかし方)に工夫がある。
(面白いのは、全36枚、主役のエッフェル塔は、近景は部分だけアップにし、遠景は薄い色で小さく描き、周囲の状況が入った中景は必ず何か〈4枚目は噴水の水で、5枚目はクレーン〉で塔を隠していることで、よくある記念写真のように塔全体を画面いっぱいに描いているのは、この夜景だけ)
リヴィエールは、『冨嶽三十六景』をすべてコレクションしている他に、広重の絵も所蔵しているほどの浮世絵ファンで、「パリの浮世絵師」と呼ばれています。
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アニメ映画『君の名は。』で一番感心したのは、東京の街のガード下やビルの裏側、コンビニなど普通の風景が現実以上にとてもきれいに描かれていたことです。 絵は描き方によって、写真は撮り方によって、ずいぶん印象が変わって見えることをあらためて思わされました。女性がメイクで大化けするのと同様です。(笑)
水の上にパンを投げるような行為は今は意味がなさそうでも、いつか良い結果を生み出すこともある。早く起きて種をまく行為をすれば、必ず実を生み出す、と言われています。
いま写真ブログや絵画ブログやその他のブログでも、一意専心の気持ちが薄れ、少し迷いのようなものがあるなら、自分の関心のあるテーマを一つ決めてシリーズ化してみるのはどうでしょう。
プロの表現手法を真似たりして、あれこれ工夫していると、そのうち、ちょっとした自分なりのオリジナリティが出来てくるかもしれません。
アイディアを生み出すのはなかなか難しいのですが、しかし難しいことにトライするのもまた人生の醍醐味の一つでしょう。私はずっと思考錯誤の現在進行形なので、偉そうなことは言えませんが。
《補足》―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※:京都工芸繊維大学教授の中野仁人氏によるアンリ・リヴィエールの木版画の手法についての注釈。
「リヴィエールは足の長い緩やかなぼかしを使って、しかも様々に色を変化させ、その色彩の展開として気候や天候をあらわしていった」「彼はあくまでも浮世絵技術の模倣として木版を始め、その構図や表現を研究したが、やがて木版という技術の中でぼかし技法の可能性を知り、浮世絵における自然の描写というものを自分の作品の中で彼なりに押し進めていったのである。それは必ずしも浮世絵と同じ方向性を示してはいなかった」。
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/53105/jjsd34_027.pdf
アンリ・リヴィエール 自然の様相シリーズ『夜の海』(1897)
(1864-1951年) この絵は新海誠監督『君の名は。』の色調と似ていませんか。
●5色石版画 170×200mm フランス国立図書館所蔵
●画像出典 http://expositions.bnf.fr/france-japon/albums_jp/eiffel/index.htm
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