「戦」の字は、たたかい、おののき、そよいでいる。 a | barsoは自由に

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世の中に人生ほど面白いものは無し。いろいろな考えを知るは愉快なり痛快なり。
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海驢あしかいくさ 
 
わたしは 遠い海の彼方から 
のこのこ都会にやってきた おのぼりさんです 
東京の初夏は空がきれいだよ 
と海獺(らっこ)が教えてくれたのです 
街全体がきらきら輝いてるらしいよ 
と海豚(いるか)も言うので たまらなくなったのです 
 
岸から上がって 白っぽい 硬い地面を歩きました 
通りでは おしゃれな花たちが愛嬌を振りまいています 
青々とした葉っぱが風に戦(そよ)ぎながら手を振っています 
はじめして こんにちは わたしは海から来た海驢(あしか)です 
 
街角では赤黄青のまあるい花が光ったり消えたりしています 
大勢の人間が いっせいに ぞろぞろ せかせかと 
真面目くさった顔をして道を渡っています 
陸地では生きるための戦(たたか)いが厳しいのでしょうか 
 
海は ゆったり のんびり 日が暮れていきます 
でも 人の世では お天道様の回るのが何倍も速そうです 
わたしは 街はずれに置いてけぼりにされそうで 
ちょっと戦(おのの)いてしまいました 
夕べに道を聞かば 朝(あした)に行動しなければ不可なり と
思うものだけが この街に暮らせるのしょうか 
 
入道雲のように高くそびえる建物の曲がり角に来ました 
曲がった先には 何があるか分かりません 
でも きっと良いものがあるに違いありません 
風がわたしの両頬を優しくなでて 
耳をくすぐりながら そっと去っていきます 
春の名残は わたしのふるさとにも伝わっていそうです 
 
群衆のざわめきは 波と波とがぶつかる音に似ています 
ああ 生きているとは なんと素敵なことでしょう 
わたしは かすかに混じる潮の匂いを感じながら 
人の国をずっと歩き続けたくなりました
 
 
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この後書きは、A面とB面の二段階仕立てになっています。 

 

まず、A面は「戦」の字には“読み”と“意味”の違いが複数あるという話です。 

 

戰の字の右側は、先端に刃が付いた武器の「戈(ほこ)」の形です。 

左側の字は、先端部が両股になっていて弾丸を飛ばす「弾(はじ)き弓」か、 

あるいは「ハエたたき」や「扇子のようなもの」だという説があります。※ 

共通点が“薄くて平たい”なら、地をはらって平らにするという意になります。 

 

あるいは扇子はバタバタあおぐので、“振動する”という解釈もあるそうです。 

そうなら、 

1) 刃と刃が触れ合って振動するのが「戦う=たたかう」で、 

2) 恐ろしくて手や足が振動するのが「戦く=おののく」で、 

3) 木の葉が風で静かに振動するのが「戦ぐ=そよぐ」と覚えられます。

 

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B面は、この三つの型を人の“生き方”に適用させました。 

つまり人生で困難に遭ったときにどう対処するかという話です。 

1)「たたかう」型なら、相手をやっつけて問題を解決しようと強く対応します。 

2)「おののく」型なら、これ以上やられたら怖ろしいと萎縮して逃げ回ります。 

3)「そよぐ」型ならば、起きた事は受け入れて感情を乱さず柔軟に対応します。 

 

野生の動物は、大雑把に言えば、生まれつき、この3つの型になっていませんか。 

しかしシェークスピアは「人生は選択の連続である」と言っています。 

人間は、毎瞬毎瞬、こうしようか、ああしようか、と絶えず考えているはずです。 

 

中には、刹那的また自動的に、自分の欲望だけに従っている人もいるでしょう。 

でも大抵は、信念や良心などの知性を働かせ、世間的常識や先人の知恵も考慮し、 

自分の経験や好みや感情とも相談して、次の行動を選択しているはずです。 

 

この自由意思による選択こそが“人生の醍醐味”だと思うのですが、どうでしょう。 

そうでないなら、近未来に登場する超AIロボットに戦き、従うだけになります。

 

 

補足――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

世界的ベストセラー『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、続編『ホモ・デウス』 

下巻104-107ページで「人には自由意思というものはない」と主張しています。すなわち「人は欲望 

を感じ、それに従って行動するに過ぎない。ある人が何かをするのは、脳内の電気化学的プロセスの 

のせいであり、それは特定の遺伝的素質によって決まり、その素質自体は太古の進化圧と偶然の変異 

の組み合わせを反映している」と進化論をベースに説明しています。その証拠に、被験者が自分の意 

思を両手でスイッチを押して示す脳スキャナーの実験では「その人の決定を示す脳内の活動は、本人 

がこの選択を自覚する数百ミリ秒から数秒前に始まっている」と述べています。しかし本人がスイッ 

チを押そうと脳内で思って、実際に手で押すまでには、数百ミリ秒から数秒の遅延があるはずではな 

いでしょうか。この記事は、ハラリ氏の主張に触発され、とりあえず軽いジャブとして書いています。 

 

※『kanjicafe』日本漢字能力検定協会https://www.kanjicafe.jp/detail/7053.html 

※『漢字/漢和/語源辞典』https://okjiten.jp/kanji701.html 

※写真はフリー画像サイト『pizabay』から借用しました。 

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