「とても」は、とてもじゃないが、とても面白い。a | barsoは自由に

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世の中に人生ほど面白いものは無し。いろいろな考えを知るは愉快なり痛快なり。
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この字はなんと読むのでしょう? 

「迚も」 

「中」と「二点しんにょう」。なかなか読めないですか。

 

とても読めないと思った方、正解です。 

そうです。「とても」以外には読めない字です。(笑) 

 

字源は「途中までは良いが、最後までは行き着かない様子」を表します。 

なので、 (1)最初は否定的に「どうしても」「とうてい」の意で用いられました。  例→「とてもそんなに食べられない」   

 

(2)後になり、肯定的に「非常に」「大変」の意で用いられるようになりました。  例→「とてもきれいな花だ」  

 

※芥川龍之介は、大正13(1924)年に書いた『澄江堂雑記』の中で、 

「とても」が東京で肯定的に使われだしたのは数年以前のことだと述べています。

 

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最近の世の中は、とても想定外の出来事が起きるようになりました。

そういうわけで「とても」の類語をたくさん集めました。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――スコブル雨ニモマケズ ――――バーソ・モジリアーニ・ミヤザワ

(有名な宮沢賢治の詩をもじりましたシリーズの第六弾。「とても」の類義語を69個使用)

 

とびきり最たる雨にもこよなく負けず 
大変めっちゃ風にも殊のほか負けず 
思いっきり雪にもやたら夏の暑さにもとんと負けぬ 
非常にめっきり丈夫な体を持ち 
根っから欲は滅法なく 決して心からごっつう怒らず 
いつもいとも全然静かに過度に笑っている 
 
ものすごく一日にどっさり玄米四合と 
痛いほど味噌と至極少しの野菜をずいぶん食べ 
極めて文句なしにあらゆることを 
むやみに自分を勘定にてんで入れずに 
とびっきりよく見聞きし著しく桁外れに分かり 
そしてまったくいささかも忘れず 
 
べらぼうに野原のすこぶる松の林のまことに蔭の 
はなはだ小さな萓ぶきの言うに言われぬ小屋にいて 
 
東にひときわ途方もなく病気の子供あれば 
行ってやけにうんといたく看病してやり 
 
西にまことにひとかたならず疲れた母あれば 
行ってその稲の束を心ゆくまでたっぷり負い 
 
南にたとえようもなく死にそうな人あれば 
行ってたいそう怖がらなくてもいいと大いに言い 
 
北にとてつもない喧嘩や訴訟がぎょうさんあれば 
神もってつまらないからやめろと衷心から言い 
 
至って異常に日照りのときははなはだ涙をえらく流し 
この上なく寒さの夏は途方もなくオロオロ歩き 
みんなにさんざデクノボーと呼ばれ 
とうていひとつも褒められもせず 
さらさら苦にもされず 
ひどくそういうものに 
わたしはとても馬鹿にたまらなくなりたい

                     

 

※「神(しん)もって」:(1)神かけて、決して。(下に打ち消しの言葉を伴う)。(2)まことに、じつに。                  

 

                                             ● 

 

私は「とても」を使う際は、「素敵」の語と同じく女性用語じゃないかと感じて 

若干逡巡します。といって類語の「非常に」「大変」だと緊急異常時のイメージ 

があり、「すごく」は漢字が「凄く」なので恐ろし気で、「すこぶる」だとかな 

り好きな言葉なんですが、今どき古いんじゃないかという意識が頭をよぎります。 まあ、副詞とか形容詞の使い方は、とてもじゃないがとっても面白いものですね。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『週刊バーソ』社よりお知らせとお詫び。 

『リキル博士とバイド氏の奇妙な出来事』の連載は一時休止、再開未定とさせていただきます。 

理由は、競合週刊誌が小説の粗筋をバラしたためで、弊社は詳細を精査し、対応を検討中です。 

 

これが問題の『週刊ジーソ』中吊り広告だ!※評論家スピル・フーコー氏が地下鉄線で撮影。 qu3kk.gif 

ネタばれしてドキドキがない小説は気の抜けたコーラのようなもの。事情をお察しください。 

尻切れトンボ小説になったことをお詫びいたすと共に、皆様の短いご愛読に感謝いたします。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――