東大エリートが書いた、最後は「よって件のごとし」の遺書。a | barsoのブログ

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映画館や喫茶店にいたというのは、
  アリバイのない者が最も安易に使う常套句だった。
          ――――森村誠一『新幹線殺人事件』


世の中には、判で押したような定番の言い回しがある。

今、犯罪者が逮捕されて自白すると、ニュースで言われる常套句は、
「調べに対して『間違いありません』と供述しています」だ。

昔、証文や書状などの終わりに書かれていた定型句は、
「よって件(くだん)のごとし」であった。

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フリー画像サイト『pixabay』から借用

昭和23年、カリスマ東大生が詐欺事件を起こして書いた遺書の最後に、
この「件のごとし」が使われているが、この遺書が非常に類型を破っている。

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知能犯罪の失敗で自殺した東大生の、悲しくもつらくもない遺書。

「ご隠居さん」
「八っあんかい。まあ、お上がり」
「ご隠居は、美貌ヒマありでしょ。ちょいと教えてもらいてえと思って」
「また、年寄りをからかいに来たな」
「じつはですね、『よってくだんのごとし』って意味がわからねえんで」
「ちょうど良かった。いま読んでいる本に、その言葉が出てた。悪行の結末で
自殺した男の遺書だがな」
「あっしは遺書なんぞに興味ねえです。遺産なら何でもいただきますが」
「遺書だが、やけに明るいぞ。三島由紀夫や高木彬光、北原武夫、清水一行が
本を書いている。昔、学生社長の『光クラブ事件』として新聞に大きく出たな。
26歳で愛人が6人もいたそうだ。この眼鏡の男だ……

朝日新聞 1949年(昭和24年11月26日)付 朝刊
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……名前は山崎晃嗣(あきつぐ)。東大法学部3年生のときに、もぐりの高利貸しを
始めて大金を集めた。ホリエモンと似てるかな。だがすぐ逮捕され、債権者から
追われて、最後は青酸カリを飲んで……ああ、あった。この遺書を見なさい」

便箋数十枚に書かれた遺書の最後の部分(※点線部は判読不能)
『高利貸しとなり得ざりし弁明』―――山崎晃嗣   
1.御注意、検視前に死体に手を触れぬこと。法の規定するところなれば、京橋警察所に
ただちに通知し、検視後、法に基づき解剖すべし。死因は毒物。青酸カリ(と称し入手たる
ものなれど、渡したる者が本当のことをいったかどうかは確かめられたし)。
死体はモルモットと共に償却すべし。灰と骨は肥料として売却すること(そこから生えた木
が金のなる木か、金を吸う木なら結構)

2.望みつ 心やすけし 散る紅葉 理智の生命の しるしありけり

3.出資者諸兄へ。陰徳あれば陽報あり、隠匿なければ死亡あり。お疑いあればアブハチ
とらずの無謀かな。高利貸冷たいものと聞きしかど、死体さわればナル……氷カシ(貸
――自殺して仮死にあらざる証 依而如件)。

4.貸借法すべて清算カリ自殺。晃嗣。午後十一時四十八分五十五秒呑む、
午後十一時四十九分……
 
「うーん、ご隠居。なんか、ふざけてるみてえですね。灰と骨は肥料にしたら、
金のなる木とか、金を吸う木だとか。この人は死ぬのが怖くねえんですか」
「うむ。冗談みたいな遺書だな。言葉の洒落も多い」
「そうなんですか」
「陰徳と隠匿がそう。高利貸しと冷たい氷カシと仮死。項目3は、全部そうだな。
それから『死体さわればナル……』は、『ナルホド』か、『ブルブル』じゃない
かな。ナルホドでもブルブルでも『氷かし』と続きやすい」
「さすが、ご隠居。年寄りの冷や氷だ」
「それを言うなら冷や水だがな。この『アブハチ取らず』とは何だか分かるか」
「ええと、二兎を追う者は一兎をも得ず」
「そう、多分『アブク銭』を意識してるな。虻と蜂と両方捕ろうと欲をかけば
失敗する。アブク銭だって同じ。ラクして儲けた金は泡のごとくに消えていく。
『無謀かな』は出資者に言ってるな。そして極め付けは『清算と青酸カリ』だ。
これ以上の駄洒落作品は、誰にも生産できないだろう」


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光クラブ社長室(机上の写真は山崎本人)     辞世の句

「ご隠居。青酸カリなら、凄惨な死に顔になったんでしょうね」
「苦しかったろうな。だが山崎は、毒物を飲んだ時刻を秒数まで書き留めてる」
「死ぬ間際ってのに、えれえ几帳面ですね」
「人間、性格は変わらないのだよ。3の最後の漢字『依而如件』をよく見なさい。
これが『よってくだんのごとし』だ」
「ええっ、どの字が『くだん』で?」
「まず『依而』が“よって”、『如』が“ごとし”、最後の『件』が“くだん”と読む。
さ、一件落着だな」
「いえ、ご隠居。その『件(くだん)』ってヤツがよく分かんねえ」
「うむ、『件』の字は人偏と牛で出来ているだろ。顔は人間で、体は牛で生まれ、
すぐ死ぬ半獣半人がいて、日照りだとか疫病だとか予言して、なんと百発百中だ。
それで、嘘偽りが無いことを『件(くだん)のごとし』と言うようになったそうだ」


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倉橋山に現れた人面牛身の怪物『件』を描いた天保七年の瓦版

「ご隠居。その『くだん』とかいう半獣半人の話、ちょっと眉ツバみたいな」
「そうだ。金儲けの話だって、眉にツバを付けて半信半疑で聞いたほうがいい。
うまい話は酒と同じで酔いやすいから、八っつあんは特に気を付けなさい」
「へえ、合点しました。うまい話は、酔って くだんねえ話のごとし、ですね」


                    ●

山崎の自死には迷いがなく、いさぎよい。遺書にユーモアがあるのは、余裕の覚悟を物語る。
多額な負債を自らの命で返せたと思い、彼なりに理知の美学を全うしたつもりなのだろう。
青酸カリで清算だ、チャラにしてくれよ、と言っているようだが、劇薬の死に様は美しくはない。


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補足
●山崎晃嗣は1923(大正12)年生まれ。父親は医師で市長。1948(昭和23)年9月に
貸金業『光クラブ』を始め、新聞広告で「借り入れは月1割5分、貸し出しは月3割の
「遊金利殖」を宣伝し、4か月後には銀座に社員30名の抱えるまでになる。だが同年
7月に、物価統制令、銀行法違反の疑いで逮捕。390人の債務者と3000万円の債務
が残された。昭和24年11月24日に服毒自殺。

●項目2は辞世の句。意味は、自ら望んで心やすらかに散っていく紅葉には、理智
を持つ生命の証がある。つまり自死は理智的な決定だと言っている。彼はこうも
言っていた。「契約は人間と人間のあいだを拘束するもので、死人という物体には
適用されぬ。私が事業変更の理由を適用するために死ぬ。私は物体にかえることに
よって、理論的統一を全うする」。

●怪獣「件(くだん)」の記述が見られるようになるのは江戸時代後期だが、「如件」
という定型句はすでに平安時代の『枕草子』にも使われている。ゆえに「件の如し」と
怪物「件」を関連付けるのは後世の創作であり、民間伝承といえる。(Wikipedia)

●参考資料:鷲田小彌太『理想の逝き方 あの有名人101人にみる』PHP研究所