一部の方々がネットに加害者側の実名などが晒されている事に如何なものか?と発言されています。
その発言自体は正論だと思いますし、仮に何らかの罪で逮捕されても何ら擁護されるものではありません。何故なら法を犯してでも正義を貫く信念があるからこその行為だと思うからです。
しかしながら司法の場でも冤罪が発生したり、マスメディアでも犯人では?と言う前提で報道、具体例で言えば松本サリン事件の一般男性を犯人では?と言う趣旨で報道されたり、加害者が刑法第39条を悪用して罪を免れようとしたり、弁護士が法を悪用して罪を免れようとしたりしている現実もあり、法も万能では無いですし、報道も万能では無いのです。
インターネットも然り、便利なツールではありますが、その情報は真実と嘘の坩堝で未成熟なメディアであるのも事実です。
また、インターネットに晒された事で濡れ衣を着せられた方もいますし、晒された情報で何らかの事象から未然に守る事も出来た方もいます。
今回インターネットに晒されている件は過去にも同様の事が発生しており、報道でも度々取り上げられているので、身を守る方法もそれなりに考える事が出来ると思います。
加害者側の親、教育委員会が過去を教訓に出来ていれば、ここまで問題が大きくなっていないでしょうし、行き過ぎた正義で実名がネットに晒されたり、濡れ衣を着せられた人も出なかったでしょう。
だから許される事だと言う訳では無く、いじめや犯罪が無くならないように、行き過ぎた正義も無くならないと言いたいのです。
「自業自得」「加害者側が擁護されるのはおかしい」等々も正論だと思います。
今回の事件で守るべき物が亡くなった生徒の名誉、被害者遺族の真実を知りたいと言う事を守っていれば、行き過ぎた正義も生まれず、一定の区切りを遺族の方々もつけられたかと思います。
しかし現実には、守るべき物が違っていた。その結果、世間一般の感情を逆なでして行き過ぎた正義が生まれてしまった。
この事で加害者側の子供が自殺したと過程すると、ネットの情報が自殺の一因と言われても仕方ないと思いますが、防ぐ事は加害者の親、教育委員会に今でも出来る事です。
同様に亡くなられた子供も教師の対応次第では自殺しないで済んだ可能性も有ります。一部報道では(ネットではないです)教師が「お前が我慢すれば全て丸く収まる」と発言したと言う証言が出て来ています。真偽は法廷で明らかになると思いますが、真実であれば教師が見殺しにしたと言われても仕方が無い状況です。
負のスパイラルが現在加速していますが、断ち切る事も教育委員会、加害者側の親には出来るのです。
後ろめたい事が無いならば「プロレスごっこをしていただけで、いじめではない」と言う加害者側の親は公明正大にスズメバチを食べさせた事、手足を拘束、口をテープで塞ぎ暴行をしていた事などを緊急保護者会や公の場で説明すれば良い。
教育委員会もいじめが自殺の一因ではあるが、家庭環境等の問題もあると言うならば、公明正大に説明すれば良い。
縺れてしまった糸をほどく事によって、行き過ぎた正義も無くなると思う。
但し、説明した事と裁判で認定された事に違いが出た時は今より苛烈な行き過ぎた正義により「いじめ」られると思います。
私が加害者側の親ならば、加害者側の親として真実が知りたい。
自分の子供がどのようなひどい事をしていたのか?
第3者の話を色々知りたい。知った上で子供と話し、嘘を看破して、真実を知った上で、親子共々謝罪、反省の日々を過ごさねばならないと思う。
また、こういう真摯な対応をしないと行き過ぎた正義によって更にひどい状況に追い込まれるだろうと考えます。
日本は健全では無いと言う方もいらっしゃいますが、私はまだ捨てたもんじゃないと思っています。
悪事が公になれば、それに反発する正義が出てくる。仮に行き過ぎた正義でも世間一般の心情的正義がまかり通るのだから。
もし、行き過ぎた正義が絶対悪ならば、アラブの春で政権交代した国の多くの国民はその国の法を犯し暴動を起こした事になるので絶対悪だと言う事になる。
でも、私たち日本人から見れば、多くの人がそもそも法がおかしいと思っているから容認しているのだろう。
それと同じで、法と照らし合わせれば実名等を晒す事はおかしい事なのだが、行き過ぎた正義を多くの人が是とする、おかしい事が起こっているのも事実なのです。
法は万能の神では無いので、行き過ぎた正義がおかしいと言える環境も必要ですし、行き過ぎた正義が言える環境も必要だと私は思っています。