会社経営者の視点として

会社経営者の視点として

色々な視点があると思いますが、会社経営者の視点として思った事や感じたこと、思いついたことを綴っていきます。

Amebaでブログを始めよう!
今日、ついにニュースで「自殺の練習」の裏付け証言が出て来た。
同級生たちは見てみぬふりや先生にいじめだと言っても対応してもらえなかった悔しさを警察にぶつけ始めている。
教師、学校、教育委員会がマスコミやネットが学生たちに不安感や不信感をあおっていると言っているが断じて違う。
教師、学校、教育委員会が同級生たちの話しを真摯に聞かず、信じる事をせず、あろうことか加害者側の話しを全面的に信じる事で、学生たちが助けられなかった事を悔い、加害者側からの嫌がらせ、脅迫を恐れずに話した事をほぼ一方的に見捨てた結果、同級生たちは大きな不信感、脱力感、不安感を抱えているのである。
しかし、同級生たちのピュアな心が一途の望みを賭けて警察署の捜査に協力しているのだ。
警察官は大人として人間として、子供たちの一途の望みを叶え、正義がある事を、悪い事をしたら自分に帰ってくる事を、信用出来る大人もいることを結果として教えなければならない。
残念ながら教育を司る人々が教える事が出来なかったので。
ここで教える事が出来なければ彼らは一生大人を信用しない事になるだろう。

そして加害者側の親は恐らく証言する家庭に圧力をかけるだろう。
まだ在学中の加害者児童は出席停止処理にして、証言する子供たちを全力で守らなければならない。
日本には証人保護プログラムは存在しないが、是非警察の威信を賭けて証言する子供たちを、家庭を守って欲しいと思う。
正直者が馬鹿を見るような結果にならない事を切に願う。

そして上記で少し触れたが、いじめ加害者の出席停止処理について人権保護団体がおかしな事を言って抗議したりしている。
加害者側の生徒の教育を受ける権利を主張したりする。
全くもっておかしい話し。
では、いじめられている被害者の基本的人権はどうすれば守れるのか?
被害者はその学校に通いたいのに、暴行を受ける、脅迫を受ける、「死ね」等々の言葉による暴力を受ける等されている。
所謂学校外で起きれば犯罪行為を学校内では安易に「いじめ」と言う言葉で片付けているのである。
そんな行為をする加害者に教育を受ける権利があると言うなら、少年院等々の特別な施設で教育を受ければ良い。
被害者側が何故転校しなければならない?何故登校拒否をしなければならない?悪い事をしている人たちが何故罰せられない?学校内にはおかしな事だらけである。
加害者側はいじめられる側にも問題がある等々の言い訳をするが、一歩的に暴力を振るい、カツアゲと言う言葉の強盗をして、人としての尊厳を蔑ろにする言葉の暴力を振るう事は犯罪行為だと言う事を認識していないから、いじめられている側にも問題があると言いえるのだろう。
加害者側が権利、権利と言うならば、犯した罪を認めて必要最低限の権利が保証されている少年院等の特別施設で生活されるべきだ。