やや危なっかしいタイトルだがいかがわしいものではない。主たるテーマは音楽。


無名のアーティストや歌手に出会って「む?これはいいんではないか?」などと感じ入り、人気があるなしに関わらず自分が支持していてそれを支持しつづけていた結果じわじわとファンを獲得してついに・・・ブレイクを果たすというようなケースが時々ある。

そんな時に思うのはたいがい

「ふっ。俺が育てたのさ」というおごり。

だがそれは単なる妄想であってとんでもない勘違いだ。

才能のあるアーティストであれば放っておいてもブレイクするものだし、一人で10万枚かのCDを購入したのであれば話は別だが己が楽しむためだけに1枚買っただけの極めてオーソドックスないちファンの力などたかが知れている。もちろんそのようなファンの、ひとりひとりの小さな力が結集されて埋もれていた才能を世に知らしめるのもまた事実ではあるが。

残念ながら、結果としてブレイクするまでには至らなかったケースもあるが、己が勝手に支持していたアーティストを気ままに紹介するシリーズをやってみる。


まずはジュディ&マリー

残念な事に解散してしまったこのグループは、ロリータボイスのユキを中心に据えたポップバンド。いっちゃん最初に聴いたのは、確かシングル二枚目の「BLUE TEARS」もしくは三枚目の「DAY DREAM」だと思う。


「蜃気楼の真ん中でいつか汗ばむ身体を包んで、熱い風がひとりきりのアタシをおいてく」


というフレーズがずずんと胸に残り、「これはぁ~!!!」と感じたのだ。情けないことに、この歌詞を持つ曲が上記のどちらかがわからないのだ。次の「ORANGE SUNSHINE」でない事は確か。

おぼろげな記憶だが、それはテレビの新人歌手のコーナーだった、気がする。番組は忘れたが、司会者が何かを振るでなく、もちろん「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」みたいに壇上に一緒に登場して自己紹介をしたり頭をはたかれたりもしない。CM明けに唐突に画面に現れ、曲のタイトルとバンド名がテロップで簡単に示され、いきなり始まる。演奏が終わるとそれでしまい。二度と番組内には出てこなかった。

だが、俺はしばらく動けなかった。

どことなくダークな雰囲気を漂わせ、間違いなくパンクの匂いを伴う一種妖しげとも言えるロック。しかし、ボーカルのユキはそのハイトーンな声と、それでいて足元の確かさを感じさせる低音部の丁寧さで「その実力」を示した。顔つきはまさにロリータなのに、小さな身体全体を使うパフォーマンスに震えた。荒削りではあるが、こいつらは伸びる。そう感じた。哀愁を帯びたメロディに堅実なバンドプレイがマッチして、完成度の高さをうかがわせた。


早速彼らのファーストアルバム「JAM」を手に入れて勝手に楽しんでいたが、そのうちタイアップ曲がいくつかあることに気づき、やがて二作目のアルバム「ORANGE SUNSHINE」が発売される。そうして、このアルバムを契機にジュディマリはぐんぐんと伸びていくのだ。4作目のアルバムが発売される頃には、もうとっくに彼らは全国区になっていた。俺が聴こうが聴くまいがおかまいなし(当たり前だ)だ。


このバンドの成り立ちや解散までの経緯はこちらにある。

1992年の結成から2002年3月の東京ドームライブまで約10年間。だが、実質は2000年に活動を再開する前までの、つまり活動休止までの期間が順調な活動期間と言えるだろう。パンクロックをやっていた恩田快人がリーダーだったのが、売れるにつれていつしかユキのバンドに変わって行き、メンバー内にも不協和音が出始めたのだと考えられる。


惜しい事だ。

JUDY AND MARY, YUKI, TAKUYA
THE POWER SOURCE


「今アツイキセキがぁ~この胸に吹いたらぁ~」

この「クラシック 」を聴くと今でもなんでか泣ける。上記アルバムに封入。

吉澤ひとみ(モーニング娘。)の実弟(弘太さん16歳)が交通事故で亡くなったそうだ。新宿区の交差点を自転車で走行中、普通自動車にはねられ搬送先の病院で息を引き取った。

弘太さんは5歳年下。ということは、彼女が高校に入学する時に彼はまだランドセルを背負った小学生。更に3歳下に弟がもう一人いるそうで、やんちゃな二人の面倒をよくみて可愛がっていたという。

年が離れている異性だからライバル視するような事もないだろうし、ただ純粋に世話を焼かせられる対象で、自分の背中を追うしかない弟の存在は将来を考えれば頼もしくもあり心配でもあるという、そんな気持ちだったと想像する。


彼女自身21歳で人生はまさにこれからなのだが、弘太君はまだ16歳の高校生。

早すぎる。

まだ何にもしてない。


僕は去年の4月に父を亡くしたが、気持ちの整理はついたようでいて、なのに無性に父を探している自分がいる。もういないことはわかっているのに、それでも父を呼びたくってたまらなくなる時がある。あと三ヶ月もしないうちに一周忌がやって来るが、整理された気持ちが、何かの拍子にがらがらと崩れ、しまっておいた色々なものが勝手に僕の前に飛び出してくるのだ。拙い自分に、我ながら呆れるばかりだ。


吉澤ひとみは21歳。

芸能界で数年を過ごした彼女だが、まだまだ、いわゆる人生経験は少ないだろう。ひとつの命の重みというようなものにもとても考えが及ばないのではないだろうか?その喪失感を埋める方法は誰かに教えてもらえるものでもない。悲しみを糧に出来るまでには、やはり相当の時間を要するに違いない。


モーニング娘。といえば、近年は不名誉な話題が多い。

未成年であるメンバー(加護亜衣)の喫煙や阿部なつみの盗作騒動。恋愛問題で突然脱退した元リーダーの矢口真理にしたってそうだ。不協和音だ。

しかし、きっとハロプロのメンバーが支えてくれるだろうし、ファンだって勇気をくれるはずだ。それがタレントとしての幸せでもある。

20歳そこそこで深すぎる悲しみを背負う事になった彼女だが、それを乗り越えたら、また大きな何かをきっと得られるだろう。

別にモーニング娘のファンでもなんでもない僕だが、最も近い親族が亡くなる気持ちは痛いほどわかる。


5月にはグループを卒業するそうで、今後はひとりのタレントとして、バラエティや女優業にも進出する可能性がある。言ってしまえば、つんくの人形として踊らされているモーニング娘。を応援する気にはなれないが、その「トレーニング期間を経てひとり立ちした一人の女性」なら、支持する準備はある。


頑張って欲しいと思う。

負けないで欲しいと願う。

近頃はドラマの話ばっかり書いてますが。

久々に巨人の移籍とか獲得とかの話でも書きます。


桑田はとうとうメジャーに挑戦するんだそうで。通用するんかよ?ま、かつて僕が横浜スタジアムで見た桑田の球は、そりゃもうびゅんっと速くてね、凄かった記憶があります。まだ横浜ベイスターズでなく大洋ホエールズの頃です。槙原と斎藤で先発3本柱と並び称されていた若き日。当時の勤め先の先輩が岩手県出身で高校野球をやってたそうで、マウンドで投げる大洋の投手、カケハタ(欠端)を指差して、「こいつが打てなくて俺ら甲子園行けなかったんだよなぁ」と呟きました。全く歯が立たなかったそうです。そのカケハタも、その日は中継ぎで出てきて失点しました。一方桑田の方は2失点くらいで完投勝利。

え~と、パイレーツだそうですが、果たしてメジャーに上がれるんでしょうか?本人がやると言ってる以上、長年のファンとしては見守るしかないでしょうね。どういう結果になろうが、いち野球人としての桑田真澄の姿勢は評価します。ぼろぼろになるまで、本人が納得するまでやって欲しいと思います。


横浜のアゴ(門倉投手)の見返り(FAの人的補償)として、工藤が事実上の放出です。巨人ってそういうチームだからなぁ。FAで獲得して、巨人でユニフォーム脱いだ選手っているかな?広島・・・いや日ハムから獲得した金石がそうかもしれない。落合はまだやるっていうのを追い出して(日ハムで引退)、江藤は節目の本塁打を待てずに西武に追いやって、清原にも戦力外通告して、元近鉄の石井浩郎もいらんっつって岡村孝子と離婚さして(これは関係ないか)、中日からやってきた野口も今年ダメなら・・・。

だいたい、仁志もトレードしちまった。開幕戦の相手は横浜ですから、こりゃ遺恨カードになります。報ステでやってましたが、工藤がFAで巨人入りした当時、長島監督は「男の花道を飾って欲しい」と言ったらしい。巨人でのそれは叶いませんでした。工藤は数々の修羅場やなんかをくぐって来たベテランですから、いち野球人として立派な大人です。球団云々ではないことをわかっています。横浜で、また彼の全力を出して巨人に対するでしょう。


日ハムから獲得した小笠原はそれ相当に中心選手として活躍してくれそうです。まだ旬ですから。これでヨシノブが額面通りにちゃんと力を発揮してくれれば今年はいけるでしょう。あ、小久保はホークスに戻っちゃったんだよな。これはしょうがないか。門倉も、おそらく10勝はしてくれると期待しますが、やはりもう少し若手が伸びてこないとどうにもならん。


大阪桐蔭の辻内はどうした?球速だけではやはり通用しないか?

あと、木佐貫くん。君は考えすぎではないかい?頼むよ。

即戦力の金刃(カネト)ってのが使えそうな雰囲気ですね。上原の時みたいに大車輪とまでは言わないが、5勝くらいはして欲しい。伸び盛りの若手がジャンチェンミンという、台湾選手だとういうところが巨人らしいです。


オリックスから来た谷は、いったいどこで使うんだろう?

日テレの「ハケンの品格」を観ました。

ここ最近の日テレは、「女王の教室」や「14才の母」など物議を醸す社会派作品を次々に出しており、今回のも観る人によっては「黙っちゃいられねぇ」的な雰囲気を感じます。

僕個人としてはおもしろいと感じております。


「派遣社員」といえばつい「フリーター」を連想しますが、区別しておく必要もあるでしょう。大きな違いはスキルだと思います。ハケンの場合、少しでもいい企業に就職したいが為または将来の備えとして様々な資格をとってスキルを上げた女性が、それでも希望の会社に就けず、目先の生活のためにやむを得ず派遣会社に登録した結果とは言えるでしょう。フリーターは、数多くの企業にアタックした結果どこからも採用されず、またははなっから正社員の職に就く気が(ミュージシャンになるなどの夢を追うため)なく、しかし目先の生活のためにやむを得ず例えば期間工になるというケースです。ハケンも期間工も定期の契約社員という意味では同じですが、一般的に期間工などの場合は誰でも出来る(スキルのいらない)仕事が多いため、会社に対する不満というものは噴出しにくいでしょう。「認めてもらえない」というような不満は起きないのではないかと。

しかしハケンは違います。正社員よりも仕事が出来るケースが多いからです。福利厚生などの手当てはなく、賞与はなく、ミスはひときわ責められるという割の合わない待遇。ハケンの仕事=時給という単純な図式が持ち出されるケースがともすれば見受けられ、企業のファミリーとはみなされないという不遇です。


ただ僕なんかが思うのは、ハケンは「正社員への登用」を希望している人も多く、「企業のために貢献したい、認められたい」という気持ちとそれでも「ハケンでしかない扱われ方」との間にジレンマが生じ、精神的にもきついのではないかなと想像します。そのような、「仕事に対するモチベーション」はフリーターの方が低いだろうなと感じます。


実際、社員は多少のミスがあっても「まだ慣れていない」とか「そういうときもあるさ」というような鷹揚な空気が存在しますが、ハケンに対しては「時給分は働けよな」的な厳しい目があるのでしょう。

しかし、企業が人件費削減の為に派遣社員を雇い入れる状況はもはや定着しており、これは当分続くし、派遣社員はなくならないと思います。ドラマの後半で東海林武(大泉洋)が自分の新人の頃を懐かしんでいました。「世話になったベテランがみんなリストラされちゃった」的な発言です。その状況が何故生まれるのか?現有戦力である正社員の生産性が低いからに他なりません。だから起業はリストラを断行し、派遣社員を使うのですよ。

「てめえらが現実的にさぼってるからだろ」


スーパー派遣OLの大前春子(篠原涼子)は協調性が無く、融通が一切利かず(っていうか利かせるつもりがないのだが)、しかし業務そのものに対するスキルはまさにスーパーな女。まぁあそこまで極端なのはドラマならではですが、その姿勢から学ぶものは多い。


以前、僕は某保険会社の代理店をしておりましたが、定時で帰れずに残業するというのはイコール「恥」でしかありませんでした。自分で立てた目標をきちんとこなし、結果を出していれば定時どころか休んだって(独立事業主なので。ただし準社員)構わなかった。現実には、なかなか目標をクリア出来ずに残業する事しきりでしたがね。きっちり仕事をこなしていれば、定時で帰って何故悪い?というのは至極当たり前の事です。それが、日本的な横並び慣習にさらされると「和を乱す」だの「付き合いが悪い」だのと陰口を叩かれ、挙句の果ては飲みたくもない酒を行きたくもない相手といやいや付き合わされる。これは一種のパワーハラスメントではないかなと。


春子も、以前は大手銀行に勤めていたらしい描写があり、彼女の「超割り切りキャラ」の秘密はそのうち明かされそうです。

里中賢介(小泉孝太郎)は優柔不断なキャラですが、春子の最も近くにいて彼女の仕事ぶりを見ていますから、社員と対立するケースではネゴシエイター的な存在になりそうです。それでも社員ですから、どちらかと言えば常に疑問を呈する役でしょう。


ところで、この人は父親(小泉純一郎)と違ってかなり優柔不断だなと感じます。そういう役が多いからかもしれませんが、そういうキャラだからこそそのような役が来るんではないかと思うのです。今回だけではないから。母親似なのかな?


このドラマに関しては、次回以降もなんか書くかもしれません。


この作品のホームページを見てて、キャストの数が11人と知りました。主だった役者の数ですが。で、「華麗なる一族」にはキャストが多過ぎる とこの間書いたのを思い出し、そっちを見てみたら何と倍の22人だって!しかも、女優だけでも鈴木京香長谷川京子稲森いずみ吹石一恵原田美枝子とか続々。大御所の津川雅彦北大路欣也なんかも出てるし、こりゃ絶対ごてごてのわかりにくいデコレーションドラマになっってるはず。観ないと損だろうか?いや観て損する。きっとそうだ、そうに違いない。

「コケて欲しい」と願ったりして。


年末年始に放送された作品を、まだ見終っとらん。残ってるのは深夜枠の映画だけだが。そうこうしているうちに、粛々と新しいドラマが始まっておる。


フジの「東京タワー」は既に昨日始まったげな。これは見ないからよい。何せ大泉洋主演のスペシャルドラマをみてるから。11月に見たばっかりで、原作の同じ作品をキャストや脚本が多少違うからといってわくわくしながら鑑賞するほど、忘れっぽい僕ではない。


小西真奈美が主演という事で、「きらきら研修医」は見ようかなと考えておった。しかし、番宣で知ったけどこれはコメディらしい。コメディかぁ・・・。見ないことにした。

彼女は「ぐびなま」の宣伝で会えるからいいや。


TBSの「華麗なる一族」は、相当に予算を費やして豪華キャストにかなりのギャラを使って制作されたらしいがあまり見る気はしないな。冷静に考えて、キャストが豪華ということは、各々ちゃんとセリフだとか見せ場が必要になるのではないかと。ドラマ作品というのは、まずテーマがあって、筋書きがあって、事件が起こって、劇中人物が動くもの。その際は、主役と脇役がきっちり噛みあってうしろで糸を引くようなヤツがいて、波紋を投げかける役があって、まぁ色々あって、見ている人が「こうなるのかなぁ?」と思ってそうならなくって別の道に走って行って、「じゃぁやっぱりこうなるんだ」と思ってたらそのように進んでふむふむと思っていたらばどんでん返しが用意されてて。混乱してきたが、つまりは役者が多過ぎるのでは?と懸念するのだな。単純に役者が多いという事は、やたらにセリフが増えるか見せ場が増えるかが予想される。そうすると、話がややこしくなって見ている方は「・・・わけわからん」となりゃせんかい?

セリフが多いといえば、やはりTBSの「渡る世間は鬼ばかり」を思い出すが、これはえっらい長くやってる(期限が無い)し、お話としての起承転結は実質ないに等しく、その時その時での揉め事が終結すればよい。だから役者が増えたって混乱はしないし、エピソードを次から次へと捻り出す為にはむしろ役者はたくさん必要になる。

けれども「華麗なる一族」はワンクールにて終わるはずで、ならばもっと贅肉を落とさないとごてごてしたデコレーションケーキみたいな作品になる可能性が考えられるのだ。山崎豊子さんの原作がどれほどの長さか知らないが、たぶん大作だろうと予想され、すると、やっぱりそれをきっちり網羅するにはワンクールの連続ドラマでカバーするには無理が出るんでは?木村拓也の演技が果たしてどれほどのものかも知らないが、とりたてて興味は無い。僕は彼のファンではないからね。


仲間由紀恵の「エラいところに嫁いでしまった!」ってやつはちょっと食指が動いたが、キャラが違うとはいえ「功名が辻」でさんざん嫁役を見たから今回はパス。


いったい何を見るのかと言えば、木曜の10時枠は「拝啓、父上様」ですね。小西真奈美でも仲間由紀恵でもなく倉本總です。実は黒木メイサ福田沙紀がどのくらいやるのか興味があるのと、あと倉本脚本はしばらく見てないので。


それと、水曜10時の「ハケンの品格」です。篠原涼子は「アンフェア」にノータッチだったから今回の主演作は観てみようと思いました。


加えて金曜9時の米倉涼子「わるいやつら」です。松本清張作品にはハズレがほとんどないし、悪女とイイ女と、その両方を演じる米倉の作品はやっぱり楽しめそうなんで。


更にもひとつ。土曜9時の天美祐希「演歌の女王」だす。完全なコメディみたいだけど、笑えそうです。「女王の教室」のマヤ役はかなりきつかったでしょうから、その分まで弾ける姿を見てあげたいかな、と。


最後に、今回も続きそうな(続くんだよな?)テレビ朝日の水谷豊「相棒」

この作品の評価は今更言うまでもないでしょう。散々書いてるし。

「相棒 4」を見た!  正しい「相棒」の見方  「相棒」~元日スペシャル


あぁ、それでも5作。大変だなぁ。

でも、休みの日(水曜日)に2作だからそんなに負担にはならないかなと。去年の10月ドラマはちょっと欲張りすぎて大いに疲れたんで、このあたりがいいところでしょう。




少し前にやってた年末のスペシャルドラマ、「明智光秀」をようやく見た。ビデオに録っておいたやつね。副題に「神に愛されなかった男」なんてついてたし、一般的には知られていない「珍説」や「埋もれた文献」から拾った説なんかを使って新しい光秀像を見せてくれるのかと期待していたんだが、なんじゃ?「功名が辻」で描かれていた内容そのままじゃん?

去年の「功名が辻」を見てからは、同時代を描いた作品は意識して見ないようにしてきた私。だってキャストが変わるとイメージが損なわれるし、やっぱし違和感募って劇中人物に感情移入しずらいのだ。だが、これには長澤まさみが出ているし、主演が唐沢寿明だし。唐沢といえば、あの「白い巨塔」。野心に燃えるあまり、ともすれば病気を見て患者を診ないという、いろいろと物議を醸した医者だ。

織田信長に忠誠を誓いながらも、天下に立つという一事に対しては独特の理想像を持っていた人物。民衆の心を掴むには、相応の崇高たる人物足りえるべきと考えていたはず。力を持って屈服させる信長の手法に対して、「畏れながら」申し上げること度々であった。信長の一家臣という「現実」と、天下人とは何かを追い求める「理想」の狭間で苦悶した人。


いやね?最初はドラマ仕立てとはいえ、ナビゲーターみたいな人が出てきて、どっかの博物館所蔵の文献を紐解いたりとか、誰かの証言を引用したりとか、そのようなある種の「秀光研究」的側面から展開するんかな?なんて勝手に思っていた。


思いっきり裏切られました。

単なるドラマじゃん?

僕が勝手に思っていただけなんで、彼らに罪はないんだろうけどさ。

それなら功名で見たって!

その話なら知ってるって!

「新味はナシかいっ!」って突っ込んでしまいました。

これなら、11月に見た「信長の棺」 のがよっぽどおもしろかった。ところが、結末がわからずじまいなのね?

・・・かなしいよ。


それ相当の役者を使って、それなりに予算かけてるんでしょうに、なんかものすごい年末の無駄遣いと思うのよ。

年末年始なら時代劇的作品を制作すればそれで済むのか?

それではあまりにも芸が無いし、安直に過ぎるんではなかろうか?

何か無いのか?と、懸命に「この作品を見る価値」を探したけど、僕には見つけられなかった。俺が気づかなかっただけなのか?


自分ではそうと思えないんだがね。

貴重な時間をどうもぉ。

「瑠璃の島」のスペシャルを見ました。

実は何をかくそう、この年末年始の特番ドラマの中でいちばん楽しみにしていた作品です。フジの「Dr.コトー」もそうだけど、こういう美しい自然の中での人間ドラマはどうしてこうも泣けるんだろう?

藤沢瑠璃役の成海璃子ちゃん。成長しましたネェ。なんかもう、遠くにいる姪っ子を見るような気分でした(笑)。うむ、大きくなった。

この作品は脇を固める役者がまたよい。小西真奈美は相変わらず小動物の可憐さを持ち、緒方拳は渋い寡黙なジジイでいて、同級生役(実年齢は瑠璃ちゃんよりひとつ年上)の永井杏もちゃんと出ていた。この子は、日テレの「女王の教室」で志田未来と共演しているし、「功名が辻」では千代(仲間由紀恵)の子供時代を演じております。以前はやや輪郭のぼやけた感じがありましたが、経験を積んで成長したおかげか、今はくっきり感が出ています。おもしろい事に、同じNHKの橋田壽賀子ドラマ、「ハルとナツ」の中で、ナツを演じた仲間由紀恵の子供時代で出たのがここでは志田未来。


物語のあらすじとか、感想はまぁいいでしょう。そんなに語る気はありません。単発ものですから多くは描けないんで、久しぶりに鳩海島のみんなの顔と美しい海が見れただけで幸せでした。

ゴミ処理場建設の計画が島に持ち上がり、島が豊かになる一方で自然破壊の懸念と、文明というもののエゴを感じるわけですね。しかし、ゴミ処理場建設に反対する姿勢は、自然保護を言い訳にした自分たちのエゴそのものではないかとも思うわけです。ま、結果としては処理場を受け入れる土地が他にあらわれたという事で鳩海島は逃れたわけですが、それすなはち、よそに押し付ける恰好になりはしなかったのかと島の人々自身も問います。

そうして、自分たちの自然を守り、島を愛し、しかし同時に汚いものも受け入れる姿勢というものを再確認するのです。

これは、日本の各地で起こっている米軍基地の問題と似た根っこを持ちます。原発もそうです。危険なものや汚いものを極力排除したい気持ちはみな同じ。しかし、そういったものが人の暮らしを豊かにすることもわかっています。ならば、自分たちだけがそこから逃れようと考えていてよいのか?共存の道を探るべきではないのか?そういう問題です。

もう少し話の角度を変えれば、人間ってヤツも同様です。人にはみないい面と悪い面がある。いいところだけではなく、悪い面をこそ受け入れながら、うまく折り合いをつけていく必要があります。話が長くなりそうだし、まとまらないので終わりっ。


テレビドラマや映画における役者さん達には、近頃、大きな世代交代の波が押し寄せているようです。沢尻エリカ(20歳)や長澤まさみ(19歳)の主演作における視聴率争いですね。松嶋菜々子は確か33歳。天海祐希は39歳。米倉涼子だって31歳。米倉涼子が27ですね。仲間由紀恵も・・・同じ27歳です。その下に続くのが・・・さっき挙げた沢尻と長澤あたりになるでしょう。あ、上野樹里(20歳)もいます。よくわからんが、途中がいないんではないかと。そして、更にその下に来る、この成海璃子(14才)あたりの進出が著しい。志田未来主演の「14才の母」が様々な物議を醸して視聴率的にも当たったように、この、中学生世代の女優が充分主役を張れているわけです。僕的には、黒川智花(17歳)あたりにもっと頑張って欲しいんだが。で、まだまだ下に数字を取れる女優達が控えています。

そう。まるちゃんこと森迫永依(9歳)です。この歳であの芝居はまさに恐るべし。美山加恋(10歳)はまだ演技力としてはいまいちで、可憐さだけですが。僕が気に入ってるのはむしろ福田麻由子(12歳)ですね。もう、出演作多数。この子は確かミュージカルの主演をやってます。テレビで自ら宣伝していましたから。

高校生世代の人たちは、女優業よりかはCMタレントに忙しいようで。新垣結衣(18歳)や堀北真希(18歳)、戸田恵梨香(18歳)が筆頭でしょうか。そういうのを色々こなしたあとで、デスノートに出たりするようですが。


ま、当分色んな人たちが凌ぎを削って賑わしてくれそうです。




海岸


雲

これは、ロケ地のショットです。たぶん。美しい。

地元に昔からあるM家具店が店じまいするという。

紳士服のお店でよくある、「店舗改装の為売り尽くしセール」とは全く違い、本当に閉店するらしい。僕がこの町に住むようになって物心ついた時には既に営業していた町の老舗で、それどころか、県北地区では相当に名の知られた有名なお店だ。


やはり売上不振ということだろうなと思う。

家具を買うという機会は、例えば結婚したり(婚礼ダンス)、それによって引越しをしたり(食器棚を買い替えまたは新調)、或いは子供が出来たり(ベビーベッド)、その子供が小学校に行くようになる(学習机)など、人生における何らかの節目においてだろう。しかしながら、わが町も人口はそんなに伸びなくって若い人たちは都会に出て就職するケースが多いようで、まぁ普通に考えて家具はそれほど売れないものなのだろうと考える。

加えて、近頃は自分で組み立てるタイプのものが注目されて、DIYとか言ってホームセンターあたりのが賑わっているようだ。更に、作りのしっかりしたものを求めるよりは、そこそこのもので妥協して、つまり安物に抵抗がなく、浮いたお金を自分の趣味に費やす向きもあろうかと思う。

昔からある、地元の町並みに完全に溶け込んだお店が無くなるというのは、やはり一抹の寂しさを覚える。


はっきりと記憶しているが、その昔、我が家にM家具店から二段ベッドが届いた。お店の人がトラックからそろりそろりと運んだその大きなベッドは、つやつやした柱とがっしりしたいかつい形で、少年だった僕の目には本当にまばゆい光を放っていたものだ。僕は高校を出てから東京に出た為、たぶんその間に処分されたものだと思うが、おそらく15年近く我が家の子供たちが使っていたはずだ。使っていた間にそのベッドが揺らぐような事は全く無かったし、それ相当の、しっかりしたものだったんだろうなと思う。


ここからは母からの伝聞。

M家具店のT社長は、もともとは四国のどこかの出だそうで、事業の始まりは「重箱の行商」だったそうだ。出身地が漆の産地らしく、見事な塗りの重箱を風呂敷いっぱいに包み、それを肩から担いで家々を売り歩いていたという。母がまだお嫁に行ってなかった、娘時代の話だ。今は入院している祖母(当たり前だが僕の母の母)が、当時、その重箱を気にいって購入したんだそうだ。T社長は毎日家々を歩き回っているから、町中で母と顔をあわせる機会もあり、その度に「俺の彼女」などと誰彼構わず吹聴したらしい。母の方は「えっらい迷惑」だったそうで、それでもT社長にすればお客様の娘さんで、まぁ「愛敬を振り撒いてる」のだからと強い態度にも出にくかったとか。


先日、フジの「のだめカンタービレ」が最終回を迎えたが、のだめの故郷が大川だという事で町並みが少し映っていた。この大川という町は家具の産地で、ミュージシャンから俳優になったタレントの陣内孝則の出身地でもある。彼は早い話、家具屋の息子なんだが、T社長が陣内家の家系の誰かの結婚式に呼ばれて訪れた事があるそうだ。で、陣内孝則の事を指して「どうしようもないバカ息子」と言って嘆いていたという。ろくな仕事にもつかず、毎日音楽ばかりやって遊びまわっている・・・と親は見ているから、「どうしようもない。はぁ」とため息つくのもわかる気がする。たぶん大川の、その界隈から家具を仕入れていたんだろうと想像する。で、そこを訪れた何度目かに、今度はたいそうな息子自慢を散々聞かされたんだとか。要は陣内がブレイクしたわけで。

人生何が起こるかわからない。


そのM家具店は、先月、12月の半ばあたりから閉店セールをやっていた。店じまいだから何しろ安い。「全品半額!!」

僕も母と一緒に「見に行ってみるか?」といそいそと出かけた。行ったのは半額セールの始まった次の日だったが、どれもこれも売約済みの札がバシバシ貼られ、「もうないじゃ~ん?」って感じだった。それでも、ローボード?の手ごろなヤツが残っており、それを購入する事に相成った。定価で8万円近くする品が5万円くらいに値下げされていて、たぶんここまでは常套手段なのだろうけど、それを更に半額で、2万5千円で購入できた。「ここはいいものしか置かないから」と母が言う通り、いわゆる2年でガタが来そうなやわなものは本当に見かけなかった。

いいものを良心的な価格で提供するというT社長のポリシーも時代の波には勝てなかったようで、惜しいなぁという、残念な思いは感じた。それならつぶれる前に定価で買ってあげればよかったんだろうけど、うちだってそんな余裕はないのだ。びっしりと家具が並んでまるで迷路みたいだった往時には、幼き日に妹と走り回った記憶も甦ってきた。しかし、端から購入先に運ばれて行ってぽつぽつとしか商品のない店内は、まさにがらんと寒々しく哀愁が漂う光景。


M家具店の創業は47年前だそうで、ほぼ半世紀にわたっている。

ちなみに、母の母つまり祖母が購入した重箱は、ちゃんと現役で頑張っている。母の嫁入り前という事は、姉の歳を考えれば、まだ生まれる前で、すると・・・43年以上なわけだ。すごい事かも。何せ重箱だからして、運動会だとか花見だとか、そういう機会でないと使わないのだろう。そういえば、祖母が元気だった頃に出てきた正月のおせちは、確か重箱に入っていたなぁと思い出した。

「相棒」は、僕がいつも気に入って見ている作品です。

節目節目のスペシャルには、必ず特別ゲストというか、大物的な役者を登場させてくれます。今回の役者は大塚寧々と杉本哲太。大塚寧々(楓かえで)は、子持ちのガードマンとしてまず登場。これは犯人ではなさそうです。第一、今回はすぐには事件が起きず、「さてさて何が起こるのやら」と楽しみにしていたらば楓の娘(はるか)が誘拐されます。そして犯人の要求は、楓のフィアンセを自ら射殺する事。そうでなければ娘のはるかはダイナマイトで吹き飛ぶというもの。この日は大晦日で、現場はカウントダウンパーティーが行なわれており、年が明けるまでの12時ピッタリがタイムリミットです。

僕はまず、娘に注目しました。

あ、この子は?!

そうです。前に日テレで放送された、「火垂るの墓」のドラマ版で死んじゃった子(節子)ではないですか。

今、調べてみたら、佐々木麻緒ちゃんと言うそうですが。松嶋菜々子や井上真央あたりが出ていました。そうそう、僕の好きな福田麻由子も真央の妹役で出ていました。


この子を死なせちゃなら~ん!


冒頭の、右京が楓やはるかと対面した時、手話が使われます。はるかは耳が不自由だという設定です。これは、あとでポイントになりそうだと思いました。で、その通り、人質をとった楓と右京は手話を使ってコミュニケーションをはかります。

ま、犯人を追い詰めるには、いつもの通り、鑑識の米沢(六角精児)が活躍して手がかりを掴んでいきます。ターゲットにされたフィアンセは逃げ惑い、人質をとった楓は部屋に立てこもり膠着状態に陥りますが、ややこの辺りは間延びというか展開がゆるかった。後半、なんかサプライズというかどんでん返しが用意されてないのかなぁと見ていたら、ありました、ありました。犯人(杉本哲太)の素性と、人質に取られていたウエイトレスが犯人の妹である事が判明してから事態は急展開します。このウエイトレスは顔に覚えのあるある女優だよなと見ていて、楓と随分長い事一緒にされてるけど、何の役割もないのかと訝っていた矢先でした。ちゃきっと拳銃を奪うと楓に突きつけ豹変するわけです。この人は中村綾という女優ですが、この変わりようはなかなか凄まじかった。以前の相棒のスペシャル・・・確かスタートスペシャルだと記憶していますが、不倫の末に三田村邦彦を離婚に追いやった高橋かおりが出演しており、この悪女への豹変も記憶に強く残っています。やっぱ、ひとつの作品の中で複数のキャラクターを演じられる役者は貴重です。

この中村綾はチョイ役の記憶しかないけれども、こんな演技が出来るんならもっと幅広く活躍してもよさそうです。


結局、犯人の杉本哲太は極悪人にはなれず、はるかを見ていて見殺しにする事が出来なかった。時間をオーバーしてしまってダイナマイトは大爆発しますが、自らの危険を冒してはるかを助けてしまいました。

よかった、死なないで。


しかも、最後に「はるかを死なせてしまったと早飲み込みした」楓が拳銃自殺を図りますが、ここでも「スナイパーとして待機していた寺島進」が見事な仕事をします。拳銃を持った右手だけを打って、すんでのところで命を救う。ま、これはかなり無理のある話というか、ドラマならではですな。

お正月だし、誰も死なせるべきではないという配慮かと。また、近頃の世相も充分考慮した上での脚本でしょう。

二時間半という長丁場での話で、途中はややゆるさも感じましたが、何しろラストに至る中村綾の演技が本当に凄まじく、この演技のキレが作品の質を高めたと思います。


で、僕が気になっていたのはこのあとです。

正月スペシャルであって、ひと言も最終回とは言ってない。つまり、まだ年明けも続くのだな?という事ですよ。そうです。当たり前のように、次回の予告が流されました。

よっしゃ!「相棒」はまだまだ続くぞ!おそらく、好評につき2クールぶち抜き放送だぁ!


ところで今回、「バベルの塔」が作品に引用されています。

右京のセリフ。

「昔、世界の言語は一つだったそうです。人々は高い塔を作って住もうとしましたが、神の怒りに触れ、言葉を通じなくされました。お互いを理解できなかった人々は散り散りになったという話です。ところが今日、言葉をしゃべらない少女によって、バラバラだった人々の心があのように…」。


ここ最近、ニュースやドラマに触れるごとに、世の中に漂う「ずれのようなもの」をひしひしと感じていました。消化しきれない、背中がむずがゆい、落ち着かない気持ちをずっと感じておりました。それが何なのかが掴めないまま、露見したものを並べて嘆息した文章が「ノンモラルってゆうか 」です。

そうだ。これなんだなと痛感しました。


今度、ハリウッド映画でも「バベルの塔」を引用した作品が出るようです。

きのう(1月3日)の朝、起き抜けに小便を垂れながら考えていた。

「なんだか・・・やたらに夢を見てたなぁ。いったい何の夢だった?」

思い出せない。

そういえば元旦の朝も、妙に夢ばかり見ていたぞ、と思った。

すると・・・それは・・・初夢?

忘れちまったィ。


初夢といえば、一姫二太郎・・・もとい、「一富士」「ニ鷹」「三なすび」なら縁起がいいそうだが、そんな夢なんぞついぞ見た事がない。生まれてこのかた、おそらく全くない。

自分の経験から考えると、夢を見る時のその内容はといえば、友人、知人が登場したり、テレビの有名人だったり、過去の出来事だったりで、やはり自分の中にあるものしか見ないものと思う。タレントの小倉優子が登場する事はあり得るかと思うが、「こりん星」の夢を見るかといえば、やはり見ない。

少なくとも、自分が受動的にせよ能動的にせよ関わったもので、それも主体的に関わる必要があろうかと思う。


昔、僕が田舎から東京に上京した時、年の離れた従兄に強く勧められて夜行列車に乗った。ブルートレインだ。今は確かもうない。東京に向かう列車内のその朝、富士山が見えるかと思って窓の外を眺めていた。

「おう!これは・・・富士山か?富士山なのか?」と思って見たらば、やうやう白くなりゆく山ぎわ少しあかりて紫だちたる雲の細くたなびきたる向こうに・・・うっすらと雪を頂いた姿が目に飛び込んできた!

「あぁ富士山だ。これはあの富士山に違いない。」

そう感じ入り、思えば遠くへ来たもんだとじ~んとしたものだ。

タバコを一本すって、これからの自分の暮らしを思ったりしていたら、またそこに富士山らしきものが見えてきた。「おう!これが、あの・・・」

いやいや、富士山はふたつあるわけがない。

はて、どっちが富士山だったやら?とっても似ていたのだ。その時の僕には。知名で言うとどの辺りから見えるものかが僕にはわからない。天候によっては遠くからでも見えるんだろうが、それにしても、最初に感動したものが本当に富士山だったのか疑わしい。その程度の、決して主体的に関わってはいなさそうな富士山の夢を見る可能性は低い。


田舎に住む僕の町の空なら、鳥が飛ぶ姿を見る事は決して珍しくはない。別に空ばかり眺めてはいないし、むしろ「おや?雨かな?」みたいな時くらいしか空を見上げる事はない。上空を飛ぶ姿をそれでたまたま見かけても、それが鷹かどうかはわからない。何せ遠いし。ひょっとしたらワシかもしらんし、トンビかもしれないよなぁ。鷹がどんな姿をしているのかだいたいは知っているが、それはパリーグのホークスが使っているキャラクターで見かける程度。ナマの鷹をこの目で見る事など皆無で、やはり、鷹の夢を見る期待も出来そうにない。


ごく幼かった頃の事。かなり昔だが、朝ごはんを食べている時間に野菜売りのおばちゃんが時々家を訪ねてきていた。

「いらんかねぇ~」と声をかけるのだ。

母が応じて顔を出す。

「なんばもっとらすと?(何をおもちで?または何を持ってきたの?)」

大きなカゴを肩から天秤に担いで、農家のおばちゃんは売り歩いている。どんな野菜があったかは正直定かでないが、そこになすびも確かにあった。僕の記憶の中では、なすびがあったとか何があったとかではなしに、チキリの印象が強い。

「これとこれをちょうだい」みたいに商談が成立すると、おばちゃんはそれをチキリで量るのだ。黄土色の鈍い光を放つ、使い込んだっぽいその金属製の棒を巧みに操って、おばちゃんは野菜を量る。棒には確か鎖がついており、途中にあるつまみを前後させて、おばちゃんは野菜を量る。それでどうやって重さがわかるのか、僕には不思議でならなかった。

「今日はいらんごたるねぇ(いらないみたいねぇ)」と母が言うと、僕はややがっかりしたものだ。

なすびの記憶ではむしろない。

スーパーに買い物に行く事など僕はまずないから、なすびを見る機会もない。もしあっても、今はみんなポリパックに入っていて味気ないはず。あのなすびのつやつやした照りと、水気を含んでいそうな青々とした輝き、草いきれの匂いまで感じるヘタの柔らかさは・・・今は昔。


「一富士」「ニ鷹」「三なすび」がいつ頃から言われているのか僕は知らないが、少なくとも、高度経済成長なんて全く影もなかった時代ではないだろうか?

もちろん車も走っていない。空はどこまでも青く澄んで、鳥のさえずりや羽ばたく音までそこここに聞こえて、見渡す限りの田園風景。畑には瑞々しい野菜が豊かに育っている。泥にまみれて汗をかき、木々の緑が作る日陰の冷たい風で一息ついて、カラスが鳴くから帰るという、そんな昔の話ではないだろうか?