鞆の浦二千年の歴史を紐解く“鞆の浦研究室”/Discovery! 鞆の浦 -10ページ目

鞆の浦商人の屋号

屋号を紹介します

【猫屋(ねこや)
薩摩藩の御用商人、琉球・薩摩藩のものを一手に商売を行っていた。
表4間、3畝、180坪を宿屋とした。
裏は遊郭街になる。というところから道越町付近だったと思われる。
琉球使節団の宿泊所であったらしい。現在は存在しない。


【魚屋(うおや)本来名:博多屋
商家は客間を中心にして、建物作りを行っている。
使節が来た時には、取引先を呼び招待をしている。
旅館、料理屋、宿泊所に変わることができる。
5間5尺×6間
旧魚屋萬蔵宅/坂本龍馬が紀州藩と、いろは丸の沈没事件について賠償交渉を行った場所。
現在の「御舟宿いろは」、公表されてはいないが、映画監督:宮崎駿がデザインしたとかしないとか・・・

【鼠屋(ねずみや)

【鼬屋(いたちや)


◎関連ログ/鞆の浦の屋号
http://ameblo.jp/tomonoura/entry-10746474578.html

◎関連ログ/鞆遊郭の屋号
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10572090597.html

お手火神事のすべて/その二



ホーラーチョイトー!



【お手火神事】福山市無形文化財
日程:平成23年は7月9日(土)に斎行<元々は旧暦6月4日>
七月第二日曜の前夜

正式名/お手火神事
俗称/おてび・みこし洗い・おいで

起源は不詳ですが、神輿の棟札等から鎌倉時代には行われていたと推察される。
我々の祖先は火を非常に恐れ且つ大切にし、またすべての不浄を清めてくれると信じていた。
この観念がいつしか信仰に変り祭典にまで進んだものと思われる。
翌日行われる神輿渡御に先立っての境内・町内の清祓、氏子の病気厄払いとして斎行されている。
素佐之男命つまり祗園さん(鞆祗園宮)の祭礼(夏祭)で第二日曜日の前夜(土曜)に行われる。

◎大手火(三体)/重量:約150kg、長さ:約4m、径:約1.2m
◎神前手火(一体)/重量:約30㎏、長さ:約1.8m

午後六時、第一鼓が拝殿内五張の太鼓で三十分間打ち鳴らされ、続いて午後七時第二鼓、そして午後八時の第三鼓、宮司以下参進。
献饌(特殊神饌に蛸・縞瓜がある)、祝詞奏上、次いで宮司殿内にて火を鑽り神前手火に神火を移す。
白装束の祭事運営委員7名・警護7名、計14名がこれを受け、大石段を駆け下り随神門外南側の清められた区域に安置された大手火を祓い神火を移す。
直ちに引き返し神輿庫を祓い神前に帰る。
一方、大手火はそれぞれ当番町の氏子青年達(総勢百名ほど)に奉舁され、古来定められた順番で大石段(四十五段)を右に左に一歩一歩少しずつ進み拝殿前の装置場まで舁き上げられる。
一旦安置された後、神輿を庫から出し拝殿に納め、三体揃えば大手火を再度舁き、境内を廻りそれぞれの当番町へ持帰り、町内を祓い清めて神事を終了する。(午前零時頃)
参拝者は舁き上げられた大手火から小手火に神火を移し、各家に持帰り、厄除け・家内安全また田畑の害虫を送り豊作を祈る。

※蛸/厄を祓い、福を吸い付ける、また足の健康を祈る意があるとされる。
※縞瓜/社紋(木瓜)
※祭事運営委員会/旧鞆町七町より選出された、祭事を奉仕(運営)する者で構成される。





【沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)/鞆祇園宮

ご祭神:綿津見命(ワダツミノミコト)/海を統治する神で、海上の安全航行、または漁業の守り神。    
相 殿:須佐之男命(スサノオノミコト)/病気防除し、産業を守護される神様であり、又日本で最初に和歌を作られた神として、文芸学問の祖神。
ご神徳:海上安全・漁業繁栄・家内安全・病気平癒・学業成就・安産等。
旧社格:国幣小社、延喜式内社
現社格:別表神社(神社本庁所属)
別 名:鞆祇園宮
神 紋:木瓜紋(本家祇園・八坂神社と同じ)
御旅所:大河島城趾

沼名前神社(鞆祇園宮)
所在地/広島県福山市鞆町後地1225
営業時間/8:00~16:00
http://tomo-gionsan.com/





以下、沼名前神社記事のリンク集です。


沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)と延喜式
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10857047691.html

沼名前神社の歴史
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10861010981.html

渡守神社
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10191924620.html

渡守神社 御旅所
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10762850397.html

神功皇后(じんぐうこうごう)
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10857044808.html

武内宿禰(たけうちのすくね)
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10857045643.html


<沼名前神社の建造物>
能舞台
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10854922806.html

随身門/随神門(ずいしんもん)
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10773804613.html

第一鳥居
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10861000751.html

第二鳥居(肥前鳥居/鳥衾形鳥居)
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10854937132.html

森下博翁像
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10854957973.html

石燈籠一対(拝殿前)
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10854972597.html

力石
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10861001615.html


<福山市無形文化財>

お弓神事のすべて
http://ameblo.jp/rediscovery/theme-10032340798.html

お手火神事のすべて/その一
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10861005679.html

お手火神事のすべて/その二
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10861005882.html

お手火神事のすべて/その三
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10861006027.html

お手火神事のすべて/番外編
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10861006274.html


<その他>

蘇民将来と「茅の輪くぐり」
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10316351345.html

疫隈の里/茅の輪くぐり
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10205510047.html

神紋/左三巴と木瓜(五瓜に唐花)
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10315739178.html

鞆の祇園さん
http://ameblo.jp/rediscovery/entry-10256457596.html


<考察シリーズ>
ブログテーマ【考察】沼名前神社
http://ameblo.jp/rediscovery/theme-10009572136.html
【考察】スサノオ=八
【考察】渟名倉(ぬなくら)
【考察】「沼名前神社」と「鞆」と「秦氏弓月の君」



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首塚祭供養/山中鹿之助

山中鹿之助首塚
山中鹿之助首塚 posted by (C)鳶眼

天正六(1578)年7月3日、尼子勝久、氏久兄弟は切腹し、山中鹿之助は囚われの身になりました。
7月17日の護送中、高梁川と成羽川の合流点にある「阿井の渡し」で殺害され、備中松山城に在陣していた毛利輝元は、そこで首実検をする。
鹿之助の首は備中松山城から鞆城へ送られ、当時の将軍・足利義昭も首実検したと伝えられる。
鹿之助の首は、この首塚の近くに埋葬されたと伝えられており、現在でも静観寺では毎年7月17日に「首塚祭」の供養が行なわれている。

◎過去ログ/ブログテーマ「山中鹿之助」
http://ameblo.jp/rediscovery/theme-10009127043.html


山中鹿之助首塚
山中鹿之助首塚 posted by (C)鳶眼