今日は帰りがいつもより少し遅くなったのと
夫が明日から5日間夏休みなので
夏休みの始まりを楽しむべく外食。
(私の夏休みは終わったので便乗したいだけ)
帰りの車で何となく発したつもりの質問に
楽しい気持ちをぶっ壊す
破壊的な返事が返ってきて
無言になるほどテンションが下がった(笑)
この現実を
自分が作り出しているとは思いたくない!
としばらくもがいて悶々とし
落ち込んだけど
師匠とやりとりしていたら、
やっぱり自分だな、と。
5日も休みがあってもやる事もやりたい事もない、
という夫の無価値感に
私だけ楽しんで申し訳ない、
という罪悪感からの〜
私だけ楽しいのは申し訳ないから
とにかく楽しみなよ!という押し付けで
ドッカーン!(笑)
寝る前に気付けてよかった。
罪悪感は気付いたらさっさと手放せばいい。
師匠に感謝。
色んな人が色んな所や色んな形で
「時間の使い方」について語っていて
私も少し前まで、いかに効率良く時間を使うか?
という事に力を注いでいたのだけど
たくさんの事を少しでも手際良く、要領良く、
簡単にこなしたいと思って
努力したり色んな人のやり方を真似してみたけど
がんばって一瞬は上手く行っても続かなかったり
がんばってるのに思うようにいかなくて、
みんなちゃんと仕事して家事もして
子育てもしているのに
私は同じように出来ない(涙)と
激しく落ち込む事が何度もあった。
がんばれば出来るけど、疲れて続かない。
出来ない自分は大人失格だと自分にダメ出しする
負のスパイラル。
片付け苦手、
料理も出来なくはないけど得意ではない。
でも出来る妻・母でいたい!
出来る妻・母だと思われたい!
余りにも疲れ果て、
ご飯は全部家で作るという母親の価値観
良い妻、良い母と思われたい気持ちを
少しずつ、行きつ戻りつしながら諦めていったら
ずいぶん気持ちが楽になった。
時間には確かに限りがある。
やらなければならないことばかりに追われていると
時間はどんどん足りなくなって
積み重なったタスクをこなすだけになって
気持ちが荒んでいく。
やらなければならないこと。
それって、本当にやらなければいけないの?
何のためにする?
誰のためにする?
やらないとどうなる?
突き詰めて考えていくと
誰かに強制された訳ではなく
自分で決めたルールと価値観で
自分の首を絞めていたことに気付く。
やりたくないことやってたら
いくら時間があっても足りなくて当たり前!
時間がないんじゃなくて
やりたくない事に使う時間はない、ってことなんだ。
洗濯やご飯、掃除も生きていく上で必要。
でも丁寧じゃなくてもいいし
豪華なご飯じゃなくてもいいし
ピカピカじゃなくてもいい。
私が笑っているのが一番大事。
人付き合いも、買い物も、テレビも
どうでもいいもの、なくてもいいものを手放して。
シンプルに生きていけば
時間はちゃんといまここにあるんだと思う。
WSを受けた直後は
情報量の多さと予想外の自分の感情に
しばらく茫然としていたのだけど
落ち着いてみると色々可笑しいなぁと思うことがあって。
受講中にも感じたことなんだけど
先生から“自分に嘘をつかない”と言われたんだけど
ほんとーーーに、ありのままの自分だったか?
と問われると、多分違う(汗)
どっかできれいにまとめようとしている、というか
先生を意識しているというか。
まあ相手がいれば意識するのも普通で
そういうことも含めて自分というものなのかもしれないけれど。
で、↑は受講中&受講直後に感じたことなんだけど
終わってしばらくして思ったことがいくつかあって。
ひとつは、自分の理想の死に方として
老人ホームでひとりで静かに死にたい、にしたんだけど
終わって振り返ると、多分無理だな、と。
選んだ思い出の中に出産のときのことがあったんだけど
私、出産も騒がずに静かに産みたいって思ってて、
でも実際には3日がかりで、
陣痛促進剤打ってからは
痛い!痛い!って大騒ぎして
助産師さんから
「いま陣痛きてないよ~」って言われたという(笑)。
その思い出を後でもう一回見て
あ、多分死ぬ時も騒ぐな、私。って思った(笑)。
それと、老衰って穏やかに死んでいくイメージだったけど
老衰・認知症は自力で動けなくなってから
(半数の人が?)亡くなるまで平均1300日と聞き
老衰で死ぬのも大変そう・・・
私はどんな風に死んでいくんだろう?と
改めて考えたら
色んなシチュエーションがありすぎて
でもあまりにも知識がなく
どうしたらいいのか分からなくなり
夜中に眠れなくなってしまった。
でも明るくなって、隣で眠っている子どもを見たら
夜中の不安がすっとんで
大事なのは死に方じゃなくて生き方だろー!
と学んだことを一夜にして忘れそうになった
自分にツッコミいれた(笑)。
子どもって(自分の子だからってだけじゃなくて)
本当にいのちの、生きてるエネルギーの塊だなって思う。
ほんとは大人も。
なんで忘れちゃうんだろうな~。
忘れて、また思い出すのに時間と労力使って。
遠回りしながら自分を取り戻していければまぁいいんだけど。
これからはそんな遠回りしなくても
自分のエネルギーをしっかり使える人たちが
どんどん増えていくのでしょう。
楽しみだ。
いっぺん死んでみるWS、受けました。
(死んでからもう10日も経つけれど)
このWS見つけた時、絶対受けたい!って思って、
7月に仕事休める日があったけど
申し込むまで結構勇気がいって
でももうこの日しかない!と思って
勇気を振り絞って(笑)申し込んだ。
きっかけがあった訳ではないけれど
子どものころから生きることや死ぬことに
興味があって
死んだらどうなるんだろう?と
考えることが多かった。
色んな人の考えに触れて(はしょりすぎ)
今は魂ある派で、身体は魂を乗せる乗り物、
という考えがベースにあるので
死ぬことに恐怖はないんだけど
自分自身の人生を生きられているかというと
そうじゃない部分があり、
「今の自分を見つめる」ために受講した。
いやー、予想外だった!
「自分の選択に自信がもてる」
に期待していたのだけど
気付いたのは
「パートナーとの関係」だった。
私、夫のことは大事だとは思っていたけれど
子どもの方が大事で
万が一夫がいなくても何とかなるだろう
と思っていたけれど、
臨死体験やってみたら
夫の存在の大きさに自分でも驚きΣ(・□・;)
考えてみれば私の人生のターニングポイントは結婚で
喧嘩して悲しい思いもたくさんしたけれど、
夫のおかげで親離れでき、
親の価値観の中での人生ではなく、
自分の人生を歩んでいいと気付くことができた。
結婚しなければ子どももいなかった訳だし。
先生の「今のために今を生きる」
という言葉が身に染みた。
やっぱりどこかで我慢する生き方をしていて
夫のこともコントロールしようとしていた。
WS受けてみて
欲しいもの、やりたいこと、行きたいところ、
いつでも手に入れられるしいつでも手放せる。
好き、嫌い、言っていい。
遠慮しなくていい。
今、やりたいことをすればいい。
今やろう、と思えた。
本当に予想外ですごい気付きがあり
受けてよかった!WS楽しかった~!と思ったんだけど
時間とともにまた感じることが変わったりして!?
それについてはまた改めて。
2年前の4月に育休から復帰。
育休前の部署に戻れず、給料も下がり
不満しかなかった1年目。
大嫌いだった上司が二人変わり
異動後の部署にも慣れて
少し気持ちが楽になった2年目。
3年目の今年、席替えがあり
右隣の席になったのは
書類ためる、仕事しないで有名なおじさん(笑)。
何人もの人から「大変だね~」「大丈夫?」
と声をかけていただいたけれど
すごーーーーーく気が楽(笑)
多分、2年前の私だったら
しょっちゅう姿が見えなくなったり
忙しいのにマイペースに自分の仕事してる姿を
常に気にしてイライライライラ~!と
してたと思うんだけど
今は自分に集中できていることもあり
ほとんど気にならないし、
むしろそのゆる~い感じが
今の私には丁度いい(笑)
人のせいにしてはいけないんだけど
隣が頑張る人だと絶対つられてがんばっちゃうし。
隣がそのおじさんでよかった!と
気付いたのは先週ある出来事があり・・・
おじさんがお休みで別の人が1日座った日。
その方、周りの話に聞き耳たてては
「お疲れ様~!大変だったね~!」
「今のひとはああだよね、こうだよね」
「だからダメなんだよね」
といちいち口出ししてくる。
それがとても嫌で話しかけられないように
1日右隣にエアシャッター閉めてたら
また首ゴリゴリになりものすごく疲れた(笑)
で、ゆるくやってる感じのおじさんのおかげで
私もマイペースに仕事できてるのかも
肩の力抜いて仕事できてるのかも
今の私には適当ありがてぇ~!
って気付いた(笑)
でも職場の中でそのおじさんの評価は
あまり高くないので
表立って言えない所が
まあまあ辛いところです(笑)