
ちょっとちょっと~!
東サラさんのホームページに、またもや新しいコンテンツが!!

前回の馬体解説で、もう終わりかな?と思ってただけに、やられた~!って思いました~


なんだか楽しい読み物です~

…というわけで、まずはウォーリアちゃんのサイドストーリー。
レッドウォーリア 牡 2歳父:ゼンノロブロイ 母:ダンスーズデトワール 母の父:Highest Honor

2003年の3冠レースを戦った馬たちは、それなりに粒揃いだが、
レベルは決して高くはないという声が上がっていた時期がありました。
例えば、彼らが3歳の秋に行なわれたG1ジャパンCには、
G1皐月賞、G1ダービーを制した2冠馬ネオユニヴァース、G1菊花賞勝ちのザッツザプレンティが出走。
ザッツプレンティは2着に入ったものの、
3歳歳上の優勝馬タップダンスシチーからは9馬身も引き離され、
決定的な力の差を見せつけられていたのです。
続くG1有馬記念でも、2着リンカーン、3着ゼンノロブロイと健闘を示しましたが、
1世代上の勝ち馬シンボリクリスエスには、やはり9馬身以上の大差を付けられていました。
この世代が4歳を迎えた2004年のG1天皇賞・春でも1歳上の伏兵イングランディーレに完敗。
6月のG1宝塚記念では、再びタップダンスシチーの前に、一敗地にまみれたのです。
しかし、2004年の秋シーズンに入り、様相は一変します。
大一番に勝てない世代の代表格でもあったゼンノロブロイが、
1番人気に推されたG1天皇賞・秋を快勝したのです。
実は、この年のG1天皇賞・秋は、春にG1NHKマイルC、
G1ダービーを連覇していた3歳馬キングカメハメハが大本命と目されていたのですが、
レース前に屈腱炎を発症。
ある意味ゼンノロブロイの勝利は、運が味方したものでもあったのです。
しかし、勝負事では「運も実力のうち」であるのも確か。
初G1制覇で一皮剥けたゼンノロブロイは、その後のG1ジャパンC、G1有馬記念をともに1番人気で制し、
文句なしで2004年年度代表馬の栄誉を得ました。
種牡馬入りしてからも、ゼンノロブロイは同期生のネオユニヴァースとともに、大きな成功を収めます。
そして現在では、この2000年生まれの世代の馬たちを低レベルとする声も、
すっかり翳を潜めたのです。
父にゼンノロブロイを持ち、
父を育て上げた藤澤和雄厩舎に所属予定のレッドウォーリア(ダンスーズデトワール11)。
全兄のG2アルゼンチン共和国杯を制した現役馬ルルーシュ同様、
強豪馬への道を着実に歩んでくれることでしょう。
《構成・文/関口隆哉》

この物語の舞台、ニホはまだ、ケイバの世界も、お父さんたちの世代も知りません。
でも、この物語を読みながら、当時のシーン、想像を大きく膨らませてしまいました。
まるで写真のような、当時のシーンを切り取ったかのような物語。
なんだかいいですね~

父から子へ。
ずっとずっと、果てしなくつながっていく物語。
いつか、ウォーリアちゃんが、感動の物語の新たな主人公となって、
何年か後、こうやって語り継がれるような、そんな仔になってくれたらいいですね~
