やばい。
ヤバイヤバイ。
ヤバすぎる。
僕は教室に残って一人、窮地に立たされていた。
どこにも、ない。
カバンの中、机の中、制服のポケット、ロッカー、下駄箱、ついでに部室のロッカーも見に行ってみたけれど、全然見つからない。
昼の休憩時間には、確かにポケットの中にあったのに…。
もしかしてと思って教室のゴミ箱を見てみたが、掃除の後だ、既に焼却炉に捨てられてキレイな状態に戻っていた。
大事な、大事な手紙だったのに。
朝、白柳くんから手渡しで貰った。
「一人の時に読んでね」と言われたのでその時を狙いつつポケットに入れていたが、放課後までタイミングが掴めずそのままになっていた。
ようやっと読めると思ったのに、せっかく白柳くんから貰った手紙なのに、失くしてしまった。
白柳くんは僕の憧れの存在だ。
運動神経が良くて、体育でどんなスポーツをやっても一番になる。
反対に僕は、運動神経が全然ダメだから、白柳くんと一緒のチームになるとしょっちゅう足を引っ張っている。
でも、白柳くんは優しいから、イヤな顔一つしないで笑顔で助けてくれるんだ。
だから、白柳くんは、僕のヒーローだ。
そんな憧れのヒーローが、僕宛てにくれた手紙。
いったいどんな内容だったのか、ものすごく、ものすごーーく、気になる。
でも、失くしてしまったものはしょうがない。
しょうがないから、本人に聞いてしまおうと思う。
『今朝の手紙、なんの用事だった?』って。
しかし面と向かって言う度胸は僕にはない。
そもそも、白柳くんとはあまり喋ったことがないからだ。
彼はたくさんの人に好かれていて、いつも周りに人がいる。
僕はそれを遠くから眺めるしかない存在なのだ。
よし、直接言えないなら、白柳くんと同じように手紙に書こう。
僕はカバンからノートを出して一枚破り取った。
「しろ‥やぎ‥くんへ。けさのてがみ、なんのようじ‥だった?…っと」
……えーと、これだけじゃ短すぎるかな?
白柳くんの手紙もそんなに大きくなかったけど、さすがにこれじゃだめかなぁ?
そうだ、手紙を失くしてしまった経緯を書こう!
それだ!
そう思い立ってペンを握りなおしたとき、僕だけが残っている教室の扉が開いた。
「あ、黒八木くん!」
扉に立っていたのは、まさかの白柳くんだった。
彼の手にはじょうろがある。
「聞いてよ、俺今日花の水やり当番だったの忘れててさ」
「そ、そうなんだ」
「うん、だから部活終わったけどわざわざ戻ってきた」
「た、いへんだね‥‥」
またどもっちゃった。
彼と話すときは緊張しちゃって、言葉がすらすら出てこない。
ちょっと落ち込んでいる僕の前を通り過ぎ、彼は窓際にある鉢植えに水をやった。
その作業をじっと眺めていたが、彼がふいにこちらを見たので僕は慌て、手に持っていた彼宛ての手紙を少しくしゃっとしてしまった。
「それ、なに?予習?」
「え?あ、こ、これ!?その、君に、手紙!」
僕は思わず勢いで、書きかけの手紙を差し出してしまった。
「えっ?俺に?」
びっくりして目を丸くしてる白柳くんに、僕は手紙とは言い難い少しシワのついた四つ折りのノート用紙をさらに突き出した。
白柳くんが手紙を手に取ったのを確認すると、僕は教室の外に向けて駆けだした。
なんだか、なぜだか、恥ずかしかったからだ。
「あ、ちょっ!くろやぎく…うわっ!」
彼の叫ぶ声がしたかと思うと、ガタンボカンバシャーッと豪快な音がした。
今度は僕がびっくりして振り返ると、じょうろが彼の足元に転げ床が水浸しになっていた。
「大丈夫?!ぞうきん取ってくる!!」
僕は教室に置いてあるぞうきんを何枚か取って床の水を拭いた。
幸い、鉢に水をやった後だったのでそこまで被害は大きくなかった。
「ご、ごめん…」
白柳くんは力無く謝りながら、同じくぞうきんで床を拭いた。
「…あ、あー……もひとつ、ごめん」
彼が何に謝っているのかと疑問に思い視線を追うと、僕が渡した手紙が水に浸ってしまっていた。
「いいよ、気にしないで」
「いや、よくない!せっかく黒八木くんがくれた手紙なのに」
白柳くんは濡れた手紙を広げようとしたが、紙どうしが完全にくっついてしまって、字もふやけて読めなくなっていた。
「あちゃー…」
情けない顔をして手紙だったものを持ち上げて眺めている僕の憧れのヒーロー。
彼らしくなく、いや、彼のそんなところも見られて、僕は少し嬉しく思いふふっと笑った。
そんな僕を見て、白柳くんもへへへっと笑った。
「黒八木くん、さっきの手紙の用事、なあに?」
220714