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Reddened

stories, and so forth.






チン、と音が鳴った。



たまたま廊下に出ていた清二朗は、その音の方をふと見やる。


静かに開いたエレベーターの中には、若い女の子がいた。



「わっ、す、すいません!」



清二朗と目が合ったその娘は、そこに人がいるとは思ってもいなかったようで、慌てて謝った。



「ちょっと、ほんの出来心で…すぐ降ります!」


「‥待って」



急いで“閉まる”のボタンを押す彼女に、清二朗は小さな声で言った。


しかしそれはあまりに小さすぎて彼女には届かず、エレベーターは無情にも扉を閉めだした。


清二朗は、自分でも驚くような早さで駆け寄り、エレベーターの下行きのボタンを押していた。



再度開いたエレベーターの中では、女の子がビックリした顔をしていた。



「ごめんね、引き止めて。ちょっと時間ある?」


「あ、はい…」



彼女は反射的に頷いた。


当然だが、この状況をあまり読み込めていないようだ。



「そうか、じゃあもうちょっと、ここにいない?よかったら最上階からの眺めを見せてあげるよ」


「えっ!ホントですか?!」



目を輝かせて返してきた彼女を、今度は清二朗がビックリした顔で見返した。


彼女は途端に赤い顔を下に向けた。



「…すみません」


「謝ることじゃないよ。さ、おいでよ」



促された彼女が出ると、エレベーターはようやく下へ降りていった。




エレベーターホールからまっすぐにのびる廊下の両側に、対になるように一つずつ扉がある。


扉以外には、なにか高そうな絵が幾つか飾られているが、彼女にはそれらがどんな価値があるのかわからなかった。


廊下の奥には、欧風の男性の上半身を型どった彫刻が置いてある。


それらを眺めて、彼女はぼんやり考えていた。



(なんだか、廊下だけで美術館みたい)



「あぁ、ここに人が来るなんて久し振り」


「え?」



考え事をしていてよく聞き取れなかった彼女は聞き返したが、それも気にせず清二朗は左側の扉を開け放って、奥へと軽やかに進んでいった。


彼女はおずおずと中へ入る。


扉を閉めると、鍵はオートロックでかかった。



「お邪魔します‥」


「恐縮しなくでいいよ、楽にして。荷物はその辺に置いておいたら?」



言われた通りに入口の傍に鞄を置くと、清二朗の声のした方へ彼女は進んでいった。



必要最低限しか物が置かれていない、余りにも殺風景な広すぎる部屋を二つ越えた先で、清二朗は待っていた。


外との境が全面ガラス張りのそこは、部屋の中にいながら外にいるかのような、不思議な感覚になる。


ガラスの向こうには、壮大な景色が広がっていた。



「うわぁ…!!」



ガラスに駆け寄った彼女は、真下に広がる街を見て歓声をあげた。


清二朗はすぐ隣りにきた彼女を、小さいなと思った。



「あの、私、いつも見上げて憧れてたんです」


「ん?」


「私ここの3階のクリニックに通ってるんですけど、いつもエレベーターに乗る度に、最上階からの眺めはどんなだろうって」


「あぁ、それで。ほんの出来心、ね」



少し顔を赤くして下を向いたあと、彼女は清二朗を見上げた。



「あなたは、ここに住んでおられるんですか?」


「んーまぁね。そんなことより、君いくつ?」


「19…あ、もうすぐ20歳です」


「じゃあ俺と同い年だ。敬語はいらないよ」


「あ、は‥‥うん」


「よし」



清二朗はにっこりと微笑んだ。



「あの、あなたは、」


「シキ」


「え?」


「俺の名前。志紀清二朗っての。『あなた』じゃなんかよそよそしいでしょ」


「あ、そう、だね」



敬語で喋るのが抜けきってないのか、彼女は言葉を選びながら言った。


清二朗はこっそり笑った。



「私は葵遼っていいます。それで、志紀くんは、大学生?」


「んーん、もう卒業した」


「え、もう?短大でも早くない?」


「うん、俺飛び級したから。ちゃんと四年生の大学を卒業したし、向こうで博士号も取ったよ。今はセイネンジツギョーカってのをやってる」



遼は、目の前がクラクラした。



(向こうっていうのは、アメリカのことかな?飛び級とか博士号とか…私はとんでもない人の所にお邪魔してるんじゃあ…)



驚いた顔で何か思案している彼女の顔を、清二朗はじっと見つめていた。



「私と同い年なのに、大学卒業してて青年実業家で、こんな最上階に住んでて…。私とは別世界の人だね、志紀くん」



(ほらきた、その反応)



清二朗はショックを隠せなかった。



(みんなそうだ。みんな俺の学歴を聞いて凄いとは言うが、まるで違う人間のように――いや、同じ『人間ではないもの』のように、俺から離れていくんだ)



(みんな離れていくなら、俺から出ていかなきゃいいんだろ。やっぱり俺は、ここに引き籠もっているべきなんだ)



「…志紀くん?」



黙りこんでしまった清二朗を、遥は覗き込むようにして呼んだ。


清二朗は慌てて笑顔をなおす。



「あ、ごめんごめん、ちょっと考え事してた」


「ね、志紀くん。よかったら、その別世界の人生、聞かせてくれない?」


「えっ…?」



せっかく作った清二朗の笑顔がまた、驚きで固まった。



「だってさ、そんな凄い人、身近にいないんだもん。話を聞くだけで、自分も為った気になってみたいなー、なんてね」



最後は照れながら笑って言う彼女を、清二朗はまじまじと見つめた。




この最上階に、何の意味もなかった。



有り余る知識も、今も膨れ上がる財産も、全く興味を持てないでいた。


全てがここで出来てしまうから、そして出れば違う目で見られるから、清二朗はもうずっと外へ出ていない。


いっそのこと、この最上階から飛び降りれば、この言いようのない虚無感から解放されるのかとさえ思った。



(…ああ、この娘がここへ上がってきてくれて、本当によかった)



「いいよ、じゃあ、とっておきのおいしいコーヒーを淹れてあげる。その窓際で話そうか」


「うん、ありがとう!」



彼女の本当に嬉しそうな顔に、心底救われる清二朗だった。



彼女には、今度いつ会えるだろうか。



そんな気持ちを久し振りに感じ、清二朗は少しこそばゆく感じた。