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Reddened

stories, and so forth.








「遅い!」


会社のエントランスから出ようとしたところで、側から突然叫ばれた。

ビックリして声の方を見ると、腕組みをした鷹梨さんがいた。


え…何故?


「な、なんですか?」

「早川さん、さっき同じ部署の人と帰り際のトークしてましたよね?フロアからここまで5分と掛からないのに、なんであれから30分も経ってるんですか?!待ちくたびれましたよ!」

「待ち…?いや、一つ用事を思い出して済ませていたもので…」


なぜこの人は怒っているんだろう?

そもそも、待ち合わせなんてした覚えはないのに。


先日の会議室での一件から2・3回メールのやりとりはしたけれど、それだけだ。

それだけ、なんだ。


どう考えても私たちは、お付き合いしている男女とは程遠い関係だ。


「あなたを待っている間に何人の女性からのお誘いを断ったと思っているんですか。今ごろみなさん泣きながら帰ってますよ」

「あ・の!私、鷹梨さんと約束なんてしてないはずですけど?」

「ええ、してませんよ?」


ケロッとした顔で返されて、言葉を無くしてしまった。


「ま、ここで立ち話もなんですし、行きましょうか」


そう言って彼は先導して会社のエントランスを出て行った。

仕方なく私は彼の後を追った。


「この後、何か予定あります?」


振り返って彼が聞いてきたので、歩調を合わせて隣りに並んで歩いた。


「いいえ、特には」

「えっ、無いんですか?花金なのに?」


わざとらしく驚かれて、私はむっとした。


金曜日の夜に会いたい人といえば恋人だろうけれどそんなものはいないし、それ以外で対象となる人物といえば、目の前の彼だ。

他に予定があるはずがない。


「無いですよ、悪かったですね!スーパーに寄って買い物して帰ろうとか思っていたぐらいです」

「なるほど。じゃ、俺行きたい所あるんで、付き合ってくださいね」


・・・え?なんで??


「最近出来たあのショッピングモール、気になってていつか行こうと思っていたんですよね~」

「あっ!あそこですか?私も行こう行こうと思って行けてなくて・・」


あっ、思わず乗ってしまった。


だって、実際気になっていた場所だし、そこに彼と一緒に行けるなんて、願ってもないことだ。

まるで、まるで…いや、考えないようにしよう。


「そうですか!それは良かったです。じゃ、デート記念に腕でも組みますか?」

「組みません!」

「それは残念」


デート、とか、そういう言葉をさらっと使っちゃって!

どうせそんなつもり、さらさら無いくせに…。


みんなにそういうこと言ってるんだ。

だから、そんな言葉が躊躇なく言えるんだ。


でも今日は、わざわざ私を待っていてくれたみたいだった。

どれが本当の彼かはわからないけれど、少しは喜んでもいいのかな。


まったく、冗談ばかりの彼は全然わからなくて、こっちが大変だわ。




ショッピングモールに着くと、歩き回りながら気になるお店に入っては、彼との談笑を楽しんだ。

案外うまくいってて、本当にデートみたいで、自分が浮かれ気味なのがわかった。

ちょっと恥ずかしいな。


彼がお手洗いに行った際、ふと見かけた紳士用のハンカチを、今日誘ってくれたお礼にしようと思いつき、急いでお会計に向かった。

そのあと隣りのお店が雑貨屋さんで、かわいい小物がたくさんあったので目を引かれ、つい見ていると携帯が鳴った。


カバンの中の携帯を探りながら急いで元の場所へ向かうと、携帯を耳に当てた鷹梨さんがこちらに気づき、走り寄ってきた。


「どこ行ってたんですか。飽きて帰っちゃったのかと…」


思いのほか彼の声のトーンが真剣さを帯びていて、ドキッとした。


「そんなわけないですよ。すごく楽しんでますから。すみませんでした」

「それならいいんですけど」


本気で心配してくれたのかな・・・とドキドキしていると、ようやく探り当てた私の携帯を彼がふいに引き寄せた。

画面には、『不在着信あり 愛しの鷹梨様』と出ていた。


「あっ!!!」


瞬時に携帯をしまったけれど、時すでに遅し。

さっきとは打って変わって、彼はニヤニヤと笑いを浮かべていた。


「もうとっくに名前変更してると思ってましたよ。そんなに俺が愛しいんですか?」

「かっ、変えようと思って、忘れてただけです!」


それは本当だ。

けれど、完全に忘れていたわけではない。


いつでも変えられた。

でも変えなかったのは、彼が入力してくれたのを上書き変更してしまうことに、少し抵抗を覚えたからだ。

自分の乙女な部分を今は呪った。


「嬉しいですね、そんなに想われていたなんて。あ、そろそろお腹も空いてきたし、ご飯食べに行きませんか?気分がいいので、とっておきのお店紹介しますよ」

「はあ・・・鷹梨さん、お名前はなんていうんですか?」

「ん?そんなこと聞いてどうするんです?っていうか、さっきから何してるんですか?」

「あ、気にしないで下さい、名前を入れ直しているだけなんで」


私のその言葉を聞くやいなや、携帯を取り上げられてしまった。


「阻止します!はい、変更、キャン、セル!っと。さ、ご飯行きますよ!」



携帯を返されたその手に引っ張られ、私は鷹梨さんとご飯に行く羽目になった。




羽目になった…だなんて嘘だ。

ご飯まで行けるなんて嬉しいことこの上ないくせに。

でも喜んでいるのを悟られないように取り繕おうと必死な自分がいた。


そして何よりも、引っ張られてそのまま、彼と手を繋いだ状態でご飯のお店に向かうことになり、内心バクバクだった。

学生の頃に戻ったかのように、心臓の高鳴りがおさまらなかった。

道中会話もしたはずだけれど、何を喋ったか覚えていない。


「ここです。席空いてるか、ちょっと聞いてきますね」


そう言って彼は店の中へ入っていった。

ようやく離れた手が温かさをなくして少し寂しく感じた。


「大丈夫みたいです。さ、入りましょ」


店内はこじんまりとした洋風の造りで、半分以上は席が埋まっていた。

知る人ぞ知る、隠れ家的名店という印象だった。


席について各々料理を注文した。

程なくして運ばれてきた料理は、見た目もオシャレだったが、なにより味が絶品だった。


「おいしい!鷹梨さん!おいしいです!私こんなやわらかくておいしいポークソテーは初めて食べました!」

「ははは、そんなに喜んでもらえると俺も嬉しいです。ここ、どの料理も本当においしいんですけど、流行っちゃうと予約取りにくくなるからあんまり教えないようにしてるんです。早川さんは特別ですよ」

「あ、ありがとうございます」


特別って、なんだろう。

そもそも彼にとって私は、どういう存在なんだろう。


お付き合いするとかなんとかの話になってから、何度か彼とこうやって会う機会は確かに増えた。

でも、明らかに彼氏彼女のそれじゃあないし、そもそも冗談ばかり言う彼が本当に私を『大好き』か怪しいところだ。


私は、会うたびにより惹かれていくっていうのにさ。


どうなのかハッキリさせたい気持ちはあるけれど、もし冗談だった時のショックを考えると、このぬるま湯に浸かったようなゆるゆるとした関係をもう少し続けたいなと思ってしまう。

弱いなぁ私。




メインディッシュを食べ終わって、デザートもどうかとメニュー表を見ていると、彼の携帯が鳴った。


「あ、部長からだ。どうしたんだろ」

「いいですよ、気にせず出て下さい」

「すいません。…もしもし?鷹梨です」


彼がそう言うと、電話口からこちらにも聞こえるくらい大声で『鷹梨君?!』と発せられ、思わず彼は携帯を耳から一瞬離した。


「はい、鷹梨です。…え?何です?部長、酔ってますね?…え?みんなってどういうことですか?」


どうやら、彼が質問してもちゃんと答えが返ってきていないようだった。

困った顔をする彼の耳元から、唐突に歌が聞こえてきた。


「♪ハッピーバースデートゥーユー!ハッピーバースデーディア鷹梨く~ん‥」


合唱のように、おそらく他にもいる大勢で一緒に歌っているようだった。

彼は驚いた顔をしたあと、片手で顔を覆ってうなだれていた。


そう‥なんだ、鷹梨さん、誕生日なんだ。


歌が終わっても、電話口からは「イエーイ!」だの「ヒュー!」だの、盛り上がる様子が目に浮かぶように漏れ聞こえてきた。


「はいはい、ありがとうございます。…そうですか、主役無しで盛り上がってるんですね?…はい、すみませんね。…はい…はい、わざわざどうも。失礼します」


電話を切った彼は、こちらをちらりと見た。

照れているのか、顔が少し赤い気がした。


「…聞こえました?」

「はい、聞こえちゃいました、すみません」

「いえいえ、問題ありません」


そう言ってはいるものの、ばつの悪そうな顔をした。


「誕生日、なんですね?おめでとうございます」

「ありがとうございます」


社交辞令のように言葉だけそう返し、ふてくされた顔をしている。


「あ!じゃあ、デザートはケーキにしませんか?!鷹梨さんどのケーキが好きですか?あ、誕生日ケーキって言って出してくれたりしますかね‥?」

「いいですよ、誕生日ケーキなんて。あ、でもそれじゃ、俺が選んでいいですか?」

「どうぞどうぞ」

「じゃイチゴのムースとショートケーキで」


ドキッとした。

私がどっちにしようか悩んでいた二つを言われたから。


彼は、前に初めてイチゴのチョコをくれてから、他にもイチゴのお菓子をくれたりした。

後藤さんから私のイチゴ好きを聞いたとのことだけれど、なんでそんな話になったのか、謎だ。


しかし、好きな人が自分の好きなものを知っていてくれているのは嬉しい。

今みたいに、さりげなく私の好きなものを注文してくれるとか。


だめだ!

彼を知るたびどんどん好きになっていく。

まるで本当に学生の頃のような恋をしてる。


でも、そう、今は社会人なんだ。

彼の戯言に冷たくあしらう技術も身に付けた。

これ以上落ちちゃだめだ。


ケーキが運ばれてきて、私はイチゴのムースを、彼はショートケーキを食べた。

どっちもおいしいとのことで、お互いでちょっとずつ食べ合った。

彼は私に、上に乗っているイチゴまでくれた。

私、物欲しそうな顔したのかなぁ。

嬉しかったけども。




ケーキを食べ終わって、口をハンカチで拭こうとカバンを探ったところで、そういえばお礼にハンカチを買っていたのを思い出した。


「鷹梨さん、あの、これ、今日誘ってくれたお礼に…だったんですけど」

「えっ!?そんなのいいのに!」

「でも誕生日って知らなくて、プレゼントするならもっとちゃんとしたものにすればよかったです」

「いやいやいや!俺だって伝えないで誘った訳だし、っていうか何か貰えるなんて思いもしなかったから、あの、嬉しいです、ありがとうございます」

「いえいえ」

彼はしげしげとプレゼントしたものを見つめていた。

喜んでもらえたようでなによりだ。


と思ったら、突然何かを思い出したように苦い顔をしてうなだれた。


「え?!ど、どうしたんですか?」

「…いや、大丈夫です。……嘘です。大丈夫じゃないです」

「ええ?!‥お、お腹痛いとかですか?」

「いえいえそういうんじゃないです。ただ、さっきの部長の電話…」

「??電話がどうかしたんですか?」

「…本当は、あそこでバレるはずじゃなかったんです」


ぶっきらぼうに彼は言った。

バレるって…誕生日のことかな。


「俺の予定ではね、ご飯食べ終わって、さあ帰ろうっていう時に、今日は俺の誕生日なんですっていうつもりで。そこであなたが、『えっ!そうなんですか!?でも私何も用意してません!』って言って」

「はあ…」


私のマネをしているつもりなのか、そこだけ声を高くして言った。

何をひとりで芝居がかったことをしてるんだろう。


「そこで俺が言うんです、『いいえ、何もプレゼントしてくれなくていいんです、ただ今晩あなたを俺にくれませんか』って」

「!!?」


顔が真っ赤になるのがわかった。

彼はまっすぐ私を見つめてくる。


「…なのに、部長の電話で先にバレちゃうし、早川さんはプレゼント用意してたし、計画丸潰れですよ。あーあ」


当てつけのように言って見つめてくる彼にどう返したらいいかわからず言い淀んでいると、店員さんがやってきてラストオーダーを告げた。


「何か注文はございますか?」

「いえ、いいです。あ、もう出ましょうか、早川さん。お会計お願いします」


店員さんに助けられるかたちでその場を凌ぎ、私たちはお店をあとにした。




お店を出ると、辺りは住宅街。

街頭の灯りだけの暗い夜道を、二人並んで歩いた。


「や~、おいしかったですね!おいしかったでしょ?早川さん。……早川さん?」


いつも通りの調子の鷹梨さんを尻目に、私はまだ押し黙っていた。

さっきの彼の言葉を、まだ飲み込めずにいる。


そんな私に、急に寄ってきた鷹梨さんは顔をぐいと近づけてきた。


「な、ちょっと、なんなんですか!酔ってます?」

「酔ってませんよ!あ、でも、あなたに酔ってます」

「なんですかそれ」


ほら、また冗談。


ここで素直に照れたら可愛いんだろうけれど、どうせ本気ではないんだ、笑われるのが目に見えている。

さっきは、突然で赤面してしまったけれど…。


さっきのも、冗談?

それとも、本気?


普通、あんなことを冗談でいうかしら。

いや、鷹梨さんに『普通』は当てはまらないかもしれない。


考えでもどうせ答えは出ないので、意を決して聞いてみることにした。


「‥鷹梨さん、さっきのお店でのあれ、本気ですか…?」

「本気ですよ、当たり前じゃないですか!」

「や、だって鷹梨さん、いつも冗談ばっかり言うから…」


そう言うと、彼はやれやれと首を振ってうなだれた。


「いやあの、この際言っちゃいますけどね、今までも俺、結構アピールしてきたと思うんですけど‥‥もしかして、全部冗談だと思われてた?」

「…思ってました」

「あーっ、やっぱりか!どおりで反応が薄いと‥」


こんな場面でいうのもなんだけど、彼は自業自得だと思う。

普段からもっと誠実に、冗談らしい冗談ばっかり言ってなければ、こんな間違いは起こらないのに。


というか…彼は、本当に、私を・・・?


胸のあたりがどくんと熱くなるのがわかった。

鼓動もドキドキと早く打つのがおさまらない。


「言っときますけど、コーヒーショップで大好きだって言ったの、本音ですからね!早川さんはどうなんですか?」

「え、わ、私?!」

「そうです、あの時早川さんから先に大好きって言ったんですからね!俺あれすっごく嬉しかったんですけど、冗談だったんですか?」


彼は、少し頬を赤く染めて、しかし怒ったような顔をして聞いてきた。

もう観念するしかない。


「……ち、違います…」


私は恥ずかしさで顔が沸騰しそうだった。

やっとの思いで言葉を紡いだ。


「冗談に見せかけた、本音です」

「!!」


恥ずかしくて俯いていたけれど、返ってくる言葉がないので彼の方を見上げた。


彼は顔を両手で覆っていた。

わずかに「嬉しい」と聞こえて、私はさらに顔の熱を上げた。


「…じゃあ、もうあの時点で本当に付き合っていればよかったのに!なにしてたんだ俺ら!ってか、俺!あ~~もう!早川さん!」

「はいっ!?」


彼はぐいっと私に向き直った。

両肩に彼の手が伸びてきた。


「今夜あなたを俺にくれませんか!って、今夜だけじゃなく、これからもずっと、お願いしたいんですけど」


これはわかった。

いつもの、でまかせではない。


彼の目は真剣で、頬が赤らんでいた。

私は嬉しくて泣きそうになった。


「…は、はい、よろしくお願いします‥」

「ありがとう早川さん!!」


すぐにガバッと抱きつかれた。

彼のぬくもりを身体中で感じて、幸せな気持ちになった。


と思ったら、ぐいっと身体を離された。


「あの・・・ようやく想いも通じ合ったことだし、早川さんじゃなくて名前で呼んでいいです?」

「あ、ええ、もちろん・・・って、鷹梨さん、私の名前知ってるんですか?」

「当たり前ですよ!好きな人の名前はチェックしてるもんです!誰かさんはまだご存知じゃないみたいですけど」

「う・・・」


私が苦い顔をしていると、ふいに彼が携帯をいじりだした。

すぐに私の携帯が着信音を告げる。

見ると、画面には『愛しの鷹梨様』ではなく、ちゃんとフルネームが表示されていた。


「あっ‥な、名前!!い、いつの間に!!」

「ふふん、愛の魔法ですよ、ま・ほ・う!」

「はいはい」


想いが通じ合ったところで、でまかせを言うのは相変わらずのようだ。

それもひっくるめて彼で、そんな彼を私は好きになったのだから。


口から出たでまかせで始まった私たち。

これからも、変わらないんだろう。

それが、彼と私の『普通』だから、仕方ない。






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