授業中の空ってのは、なんでこうも素晴らしいのだろう。
これがいつも同じっていうなら、俺は授業をサボりなんかしない。
しかしそれが違うからこそ、俺はこうやって授業中に屋上へ来てしまうのだ。
俺のサボりは、この空の所為なのである。
手を伸ばしたって届きやしない、遥か彼方のこの空の。
そんなことを、屋上の床に寝転びながら考えていると、急に誰かに視界をふさがれた。
視界だけでなく、口もほぼ同時にふさがれた。
もちろん口で、だ。
世間一般では、これをキスという。
ようやく顔を放した相手は、俺に馬乗りになった状態のまま俺を見下していた。
逆光の中でよく見ると、相手が藤原であることがわかった。
「…ちょっと」
彼女は不満げに言う。
「なに?」
「女の子にキスされたのに、何の反応もないってどうなの」
やはり逆光で表情はよくわからないが、なにか怒っているらしい。
「いやいや、俺心臓ばっくんばっくんだし。聞いてみ?」
彼女は言われた通り、俺の左胸に耳をあてた。
視界が開けて、俺はまた空に目を奪われる。
「…嘘つき」
胸から顔を放すと、ようやく彼女は俺の体の上からどいた。
俺の隣に座り、女の子なのに足を大きく広げて投げ出し、俺と同じように空を見上げると、一つ深いため息をついた。
「授業中じゃないのか?」
「…その言葉、そっくりそのままあんたに返すわ」
空を見たまま彼女が言う。
藤原もこの空が好きなんだろうか。
「先生がさ、あいつ欠席が多くてそろそろヤバいから、委員長呼んできてくれって」
そりゃあ毎回この時限をフケていれば、出席にも響いてくるだろうな。
「でも、よくわかったな、ここにいるって」
「だってあんた、空好きじゃん」
けろっと言ってのけられた。
確かに好きなんだけど、彼女に知られていたと思うとなんだか恥ずかしい。
俺はおもむろに立ち上がった。
自分なりの照れ隠しのつもりだ。
「俺の所為で藤原にも迷惑かけちゃって、ごめんな。教室戻ろっか。ほら」
そう言って手を差し出すと、彼女は俺の手を取り立ち上がった。
「迷惑じゃないわよ。少しぐらい授業抜けても、たかが知れてるし」
「さすが委員長は言うことが違うな。今度、俺が抜けてたとこの個人レッスンしてよ」
「別にいいけど」
俺たちは屋上から降りるドアを抜け、階下へ進んだ。
あちらこちらで、授業をしている先生の声が聞こえる。
「授業中の廊下って、またなんか違う場所みたいだな」
「ねえ、ちょっと」
「ん?」
言葉と一緒に彼女は立ち止まった。
「もう手、離さない?」
「え、なんで?」
立ち上がった後も手は繋いだままでいた。
気を抜けばほどけてしまいそうな小さな手を、俺はぎゅっと握って繋ぎとめていた。
「なんでって…」
「いいじゃん、どうせみんな授業中で誰もいないんだし」
「つ、付き合ってもいないのに変じゃん!」
顔を真っ赤にして言う彼女を見ながら、そんなの見せられたら尚更離せないと思った。
さっきはキスとかしてきたくせに。
そうだ俺、キスされた。
「それに、誰かが教室から出てきたりしたらどうすんッ…」
口を口で塞いだ。
今は授業中、静かにしましょう。
「…出てきたら、見せつければいいよ」
唇を離すと、彼女は真っ赤な顔をしてうつむいた。
「なんだよ、さっきは自分からしてきたのに」
「あれは、驚かせようと思って…いつもあんた何にも動じないし…無駄だったけど」
「だからぁ、心臓ばっくんばっくんだって。今もそうだし。聞いてみ?」
「もういい!」
そう言うと、先に見えていた教室についと入っていった。
本当のことなんだけどな。
残された俺は、ちょっと立ち尽くしていた。
なんだ。
俺、空より魅力的なもの、見つけちゃったんじゃない?
ってことは残念だけど、もう屋上へサボるのは無しかな。
彼女に迷惑かけるのも嫌だし。
今度は手に届く。
ついでに、手に入れてしまおうじゃないか。
「ちょっと!なにしてんの?!」
唐突に開いたドアから彼女が顔を出した。
俺は一つ笑うと、強引に彼女の手を取り、それを見せつけるように上で揺らしながら中に入っていった。
2014