何もかもが静寂の中に身を潜めて、ただ月明かりだけが夜に存在を主張している。
「すまないね」
ごく小さな声で囁かれたはずなのに、妙に辺りへ響いた気がした。
「こんなことに君を巻き込んでしまって」
喋る度に白い息が出る。もう冬が近くなってきている。
「いいんだよ」
自分の声は逆に小さすぎるように思え、相手にちゃんと聞こえているか少し不安になった。
「君は人がいいからなぁ」
そう言いながら相手は静かに笑った。
よく笑う人だ。こんな状況でも笑うなんて。
「あなただからいいんだよ。あなただから、全て委ねられる」
世紀の大告白みたいな台詞だ。ただ本音すぎて、恥ずかしさの欠片もない。
「嬉しいこと言ってくれるね」
そう言いながら、ひとつも嬉しそうな顔をしていない。真剣な顔で、眼下に広がる夜の街を見つめている。
「じゃあ、君の命、今夜だけわたしにくれるかい?」
白い息が舞った。
「喜んで」
今度ははっきり、夜の空気のなか響くように答えた。相手は了解したというように、ゆっくり頷いた。
「それじゃ、本番だ」
すくっと立ち上がった姿を見上げ、それがまるで夜空に浮かぶ月を背負ったようで、自分はこの情景を一生忘れないだろうと思った。