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「課長!」
見上げても目の焦点が定まるまで時間がかかりました。やがて相手の顔の輪郭がはっきりし、課長はまた驚きました。
「あ。熱田くん!」
「すみません。まさか課長とは・・・」
「痛い。痛いじゃないか、熱田くん」
「本当にすみません、僕はてっきり、一味の奴かと思って」
「一味」
「部長の一味です」
「はあ?」
熱田くんは、いや本当にすみません、と、またいってから、靴磨きのおばさんを気遣ってか彼女に向い、
「萩野さん、こいつは一味じゃありません、私の上司です」
「あなたの、上司?」
「それに、萩野さんの上司じゃないですか」
「私の?そんなはずは・・・だって飛び降りてしまいましたよ、私の上司は。ビル建設談合の汚名をきせられて、自殺させられてしまった・・・」
いいながら靴磨きのおばさんは、目をつり上げたのです。おとなしい人格の底に秘められていた感情が、おさえきれずに噴き出した表情でした。
眉毛は存在しないのですが、眉毛のあたりの表情筋が、恐ろしい角度で、ほとんど垂直に屹立したのです。
怖い顔でした。熱田くんは気押された。
「・・・そうでしたね。失礼。じゃあ、よくわからないな、まあ、そのうちに、わかるかな?」
あいまいなまま、熱田くんはその件を打ち切りました。地面に尻餅ついたままの課長に向い、
「それよりも課長、ご報告します。私は、やりました!」
「やりましたって、何を・・・」
課長はいやな予感がしました。熱田は胸をはりました。
「首魁をです。首魁をやりました」
「首魁?!」
「あるいは構造。簡単なんです、汚職のしくみは、いつも簡単なんです、水増しです、値引きです、キックバックです、終戦直後だろうと、高度経済成長期だろうと、バブルの時代だろうと・・・」
それから熱田君はいろいろと語った、 課長には何をいっているのか解らない点が多々あったのですが、つまり、不正の歴史や構造を知った、
そして警察は警察でないと語り、敵はリバイアサンつまり国体という幻想だと語り、しかしその幻想に対峙する、
何かエアーのようなものがあるのだと、語ったのですが・・・総じていうと、「わからない」話だった。
「ゴーストエア?」
課長は首を傾げて、いった。すると熱田くんは意を得たという顔で、
「ああ、そういうのですね!」
嬉しそうに、いったのです・・・
・・・・つづく
今日も音楽なし。エラーが治癒しません。