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尾行をやめたのか、それとも尾行者は交代したのか・・・
銀座、といっても、天野氏が案内したのは新橋に近いガード下のさびれた和風居酒屋でした。いかにも「人生廃業」な雰囲気の店。
「ときどき、ここ、来るんですよ、いいでしょ、たまには」
ビールを注文し、まあお疲れさま、といい、無理やり課長に乾杯を迫るのです。
「で、どういう話です、熱田くんの話って」いいながら、課長はあたりに目をやります。
客はサラリーマン風の男たちが数人。課長たちに続いて店に入ってきた客はいない。
「さっそくですか、気がはやいね、課長。まあ、まず一息つきましょう」
天野氏はビールを一気飲みし、ここはね、魚がいけるんです、あれとあれと、これなんかもね、といい、店に色々と料理を注文します。そして、
「熱田くんなら、豆腐しか食いませんがねえ。なんだろうね、あの新人・・・」
と、嘆かわしいかな、という表情。
「好きなんだから仕方ないでしょう。で、きかせてくださいよ、その新人の話」
「はいはい。いえね、実は今日、電話がありまして」
「彼から?」
「はい」
「それ、どうしておしえてくれなかったんです!」
彼の消息をずっと知りたかった課長は、思わず声を荒らげました。
そのとき、店の引き戸が開いて、背の高い男と顔の大きい男のふたり連れが、そっと入ってきました。課長は思わず横目で彼らを見ました。「!」
「すみませんね!」天野氏は急に感情的な声をだしました。がぶりとビールを飲み、顔が一気に赤くなりました、その勢いで叫ぶようにしゃべった、
「課長のお言葉どおり、みごとに、やった、なんてほざいてたもんですからね、熱田くんが」
「え?やったって何を」
「課長にいわれるまま、そのとおり、部長を殺ったと、こういうんですな、ひどく興奮ぎみでね」
そういって、今度はモッキリ酒を注文し、はやくもってきて、と店の人に怒鳴りました。
「はあっ?」
課長は驚きの声。と、今、店に入ってきた2人連れはすぐ後ろのテーブルに腰かけました。課長は狼狽。しかし天野氏の興奮気味はおさまらない。
「あたしゃ、びっくりした!」
天野氏に負けないほどびっくりした店員が超スピードで出したモッキリ酒を、これまたスピード一気飲みして、天野氏は続けます、
「何いってんだか、わかんないですよ、あんた、あんなに世話になってる課長をですよ、部長殺しの主犯だというんですよ!」
背後の席の二人が耳をダンボにしているだろうことを思いつつ、課長はいよいよ狼狽します、天野氏に懇願します、
「まあ、おちついて・・・」
天野氏は急激に酔い、ますます廃業の怒り(もう誰にも、何も望まない意識)のボルテージをあげてしまいました!
・・・・つづく