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セツ子はどんどん歩いてゆく。
夕日のあたる一本道を、彼女の姿がだんだん小さくなりながら歩いて行くのを私はぼんやりと眺めた。
道の両側は、平らな牧草地らしい。雪と灰色の草の大地がかなたまで続いていた。
遠くを見ると、ところどころに黒い防風林らしいものがあり、農家の家屋らしい建物が見え、そして青い金属製のスチール・サイロが墓標みたいに立っているのも見えた。
ここで彼女を尾行するって?こんな尾行は初めてだ。
姿を隠すビルも群集も何もない。そして厳しい寒さ。防寒はお粗末なコートと使い捨てカイロだけがたより。まかり間違えば、凍死しそうだ。いや、かなりそのリスクは高い。
美咲セツ子は、何であんなに軽い足取りで歩いてゆくのか。
私は駅の待ち合い室に貼ってあった町の地図を見た。セツ子の歩く方向には、小さな集落がある。スマホのグーグルマップも同様の結果を示した。
肉眼では、小さな森にしか見えないが、地図によれば商店や旅館もあることになっていた。ことによると無人の集落かも知れないが、そこまでたどりつけば何とかなるかもしれない。
セツ子の姿は、黄昏の凍てつく広野に見える蜃気楼か何かのように、小さく危ういものになり始めていた。
私は意を決した。
深呼吸をして、駅舎を出て、氷よりも寒い空気の中を歩き始めた。
そして、私が歩き始めるのを待っていたかのように、雪が降り始めた。
雪は機関車に乗っている間中、降ったりやんだりを繰り返していたから、また少ししたら、やむのかも知れないと思って、私は歩き続けた。
しかし今回は違った。雪は私が一歩足を進めるごとに、降る量を増してゆくように思えた。まるで、天が私の尾行を、妨害しているかのようだった。
私はうんざりした。
遠くに霞みそうなセツ子の姿をにらみながら、自分をこんなところまで引っ張ってきた、元女優の奇怪な行動を怨みたいような気分になった。
すると、それを察知したかのように、また雪の降り方が激しくなった。
結晶の形もよく見えない、細かな雪で、氷点下のカタクリ粉が空からばら撒かれているという感じで、おまけに風も吹き始めた。
遮るものの何も無い空間だから、風と雪の攻撃による効果は絶大だった。一気に体温を奪い去られて、自分が冷たい何かの抜け殻になってしまったように思った。
とてつもなく寒い。
しかし、駅に引き返すには歩きすぎた。引き返すも進むも同じだろう。
風と雪は次第に激しさを増す。鼻も耳も唇も、凍えて千切れそうになった。
しかし不思議に夕日はそのまま差し込んでいた。
オレンジ色の光の中を、無数の雪たちが風に乱舞する。その向こうに、歩き続けるセツ子の後姿が、どうやら見える。
雪はさらに狂ったように降りしきり、風も激しくなった。
私は恐怖し、焦燥し、突き落とされたように絶望的な気分になった。ほんの短い時間で、白い地獄みたいな吹雪になってしまった。
しかし、夕日は相変わらず、白い嵐のまにまに差し込んでくる。
空を見上げると、白い暴風がうねっているのに、ほんの時々、オレンジ色に晴れ渡った空が見えるのだ。
実に奇妙な天候だった。
こんなのは、ヨコハマでは到底お目にかかれない。オレンジ色の夕暮れ時の、お天気猛吹雪だ。
・・・・・つづく
昔の歌というのはまじめな感じですね。↓