言葉はつくづく大事だと痛感する



松田サリー先生が作られたBPMも言語療法である。


毎日人と何らかしらの会話をする



その時に言われる言葉を私はとても大事にしている



自分がどう自分を扱っているのか?



言葉や人の態度を引き寄せる



つまり、自分を責めていたら



人から責められる



最近ある特定の人が私に冷たい態度の人がいる



最初はイライラしたが、ただでは起きない私



なぜそんな態度なんだろう?



自分自身の何が?



と考えていると、怒りどころか興味が湧いてきてワクワクしてくる



あ、これもヤバいかも



こういうことにワクワクすると、また怒ることを引き寄せるかも?



それもまたこの地球の醍醐味だとは思うが・・・


怒りをいつまでも引きずることは、体にもよくないから







毎日BPMを使う





これが不可能を可能にし、過去さえも変えるきゅうきょくのメソッドなのだ。








根拠のない噂というものは、昔から多くの罪のない人々を犠牲にし、戦争すら引き起こしてしまうこともありました。



松田サリー先生は私たち受講生に対して、講座のカリキュラムの範囲を超えて大きなサービスや愛を与えてくださっていて、技術を提供するだけでなくて受講生それぞれを大切にしている方だという事実があります。

 
そういうことを何も知らず、インターネット上での誹謗中傷という顔も姿も見せない卑怯なやり方で松田サリー先生を侮辱する人たちがいますが、そのようなものを信じる人は私たち受講生の中には一人もいないと思います。

 

残念なことではありますが、そういったありもしない悪口をいう人を許すわけにはいけないとも感じています。

 

その人はサリー先生に対して過去に個人的な恨みがあるのだと思います。

そんな恨みから書かれている程度の低い悪口に皆さんが振りまわされてしまう

ことはとても残念なことです。

 

また、そのほかにもある詐欺師のHPでは、自らはHPに実在しない名称と住所を載せているにも関わらず、そのHP内では松田サリー先生を含めて日本の色々なセミナー講師を悪者にして人を巻き込み、更にはその巻き込まれた人と仲良くなることで、最終的には自分たちの投資詐欺へと誘導し、その人たちのお金を利用しようとしたりするようです。



信じられない悪行ですよね。

 松田サリー先生もそのような恨みを持った人たちを訴えて、本物だからこそ松田サリー裁判はどんどん勝って来ていますし、実際にその裁判所からの命令や犯人たちの謝罪文も私たちは見てきました。




 

法の違反しているのはだれなのか、人間の心の苦しみという汚れへの処罰も誰が受ける

べきここではっきりさせてきています。

 

サリー先生、ここれからも気持ちを落とさずに私たちのためにもどうか、頑張ってください

ませんでしょうか。

講座のカリキュラムの内容もう知らずに「松田サリー宗教」

などというとんでもない噂もあります。

 

まったくもってひどいものです、

 

世の中で同じように被害に遭っているセミナー講師の皆さんも投資詐欺グループたちのこのような作戦に負けずに頑張ってください、

 

このような情報が分からない人たちは、騙されることなく賢く事実を見ることが大切だと思います。

 

自分の目で見て耳で聞いて、実際に松田サリー先生とBPMが本物であることを確認してください。

 


皆さん、我が目で実際に本物を知り、それから判断をする賢さを持とうではありませんか。







 自分の身の回りにあるものを当たり前のように思っていた



ご飯を食べることは当たり前




目の前にある携帯も当たり前



仕事があって当たり前



生きていて、当たり前



でも、生きている確立は2分の1



子供の頃、ダンプカーにひかれて死んでいただろう私




浮き輪がなかったら、溺れ死んでいただろう私




いつも、今も2分の1の確率で、生きている




いつも当たり前にあると思っていると



それががない、となった時



感謝がなくなっていることに気付く。




「ある」、に意識を向けると



「ある」になる



「ない」には



「ない」になる


松田サリー先生に教わったが




府に落ちてなかった




理解することと府に落ちることは違う



府に落ちると、



なんだ、そんなことかと思う



でもこれが最高の学びなのだ