懐かしの
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YouTubeで、懐かしの「Sea of love」を聞きました。The honey drippers ロバートプラントです。すごく懐かしくて幸せな気持ちです。大好きな曲でした。8歳年上の相方は、ロバートプラントと言えばツェッペリンだそうです。
そういえば、かじりついてMTVを観ていた80年代、「あの○○が、○年ぶりにレコーディング!」というのが多かったかも。イエスも、ジェフベックも、エアロスミスも、返り咲き組だったような。
相方は全盛期の方を知っていて80年代はあまり知りません。だから、おなじアーティストなのに微妙に認識がずれます。それがけっこう新鮮です。
一矢報いる
怒り心頭に達す。
ちょっと感情が高ぶって夜道を一人歩いてきました。原因はある人のドタキャンです。その人のために都合付けて他の人にも連絡をして万事整えてきたこと。それも何度も何度も予定を変え調整して丸く収まるようにいろいろ譲ってきたこと。それを今になって、「やっぱり行かないことにします」と言うので頭に血が上りました。その人が「行きたい」というから、その人だけ来れないのはかわいそうと奔走したのに。
一矢報いる という言葉を、私は社会人になったとき教わりました。なんでもかんでも周りに合わせて生きるべきなんて言いませんが、やっぱりこちらがあなたのために動いたことをもっと理解して、応えてほしいと思います。自分の都合だけ気分だけでドタキャンするのは、そういう気骨というか、最低限の礼儀を欠いていると思うんです。
行きたくないなら、最初からそう言えばどんなにすっきりするか。ドタキャンの多い人は、断るのが苦手なのはわかります。誘われて、その場でつい「すごく行きたい」とか「楽しみです」と言ってしまうんです。波風立たないように。そしてその日が近付くと、やんごとなき事情ができたことを打ち明けて、「本当は行きたいんですよ~でもどうしても行けなくてごめんなさい」になるんです。
それは、すごく自分を守る行為なんだと思います。どうしても行けない用事と、でも行きたい自分をアピールして、巧みに行かなくてもいい状況を作るんですね。私も今は割と素で生きていますが、いい人でいることにとらわれていた時代は、そういうことをしていた覚えがあります。だけど、そういうのはやっぱり後味が悪いです。
行かないなら行かない。行きたくないなら、気分が乗らないと正直に言いたいものです。
欲しいから欲しいだけ

「いつも頑張っている自分のためにご褒美」とかなんとか言って買い物をするのは、なんとなく言い訳っぽい感じがします。自分のために何かを買うのは、なんとなく後ろめたい感じがあるから、なにか理由が必要になるんですね。
「欲しい」という熱意を、ストレートに「理由」に挙げるのはなんとなくはばかれます。けれど、それを単刀直入に、「欲しいから」と言ってしまえれば、どんなに買い物が輝かしくなるだろうと最近思います。
私もこないだはカメラを衝動買いしたり、本など結構ちょこちょこ買ったり(絵は相方と相談して二人で決めたのですが)していますが、「いつも頑張っているから」・・と言い訳をしたとたん、やましい雲が垂れこめるといいますか・・。
人ってもっと感性に自信をもってもいいなと思います。もっと感情生活を豊かにするためにお金を使ってもいいなと思うんです。心の栄養と言ってしまえば安っぽくなるんですが、自分に厳しく「いつも我慢していなさい」というのではなくて、ちゃんと力をつけられるご飯をあげないといけないなと思います。もちろん、それはお金で買うものばかりじゃないのですが。
無駄な時間、無駄なお金、そんな風に思われてしまうことでも、自分にとってそれが栄養源なら、せめて自分だけは、無駄をなくそうなんてけちな考えは起こさないこと。自分のために。そんなことを思います。