まずは、乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』です。
『イニシエーション・ラブ』
最近テレビで紹介されて再注目されている小説です。
「必ず二回読みたくなると絶賛された傑作ミステリー」ということですが、今回は恋愛小説として紹介します。
イニシエーションとは通過儀礼という意味。
付き合い始めた当初は「この愛は絶対だ」なんて思いがち。
絶対なんてこの世にはないのに。
そんなことを気付かせてくれる恋愛を、この小説では「イニシエーション・ラブ」と表現しています。
この小説はA-side、B-sideの二部構成になっています。
時代は「男女七人夏物語」や「杉山清貴」が流行する八十年代後半です。
A-sideは学生の鈴木君とマユの恋愛物語。
大学生の鈴木君と歯科衛生士のマユは合コンで知り合いました。
はじめはグループで付き合い、次第に金曜の夜に食事をする仲になり、そして恋人同士になります。
B-sideは社会人の鈴木君とマユの恋愛物語。
就職した鈴木君は地元を離れ東京で暮らすことになりました。
つまり、マユとは離れ離れ、遠距離恋愛となります。
始めのうちは頑張って毎週末会っていた二人ですが、東京で知り合った同期の女の子と関係を持つようになります。
男女が恋に落ち、身体の関係を持ち、離れ離れになったり、ケンカになったり、二股をかけてしまったり、
そして愛し合う二人に別れが来たりと、巷でよくある?青春の恋愛が描かれています。
でも、最後の二行、最後の最後で驚くべき事実が判明します。
それを知ったとき、あなたはきっと確認せざるを得ません。
最初から読み返してしまうことでしょう。
この小説では、恋愛小説ということもありますが、いわゆる濡れ場が何度も登場します。
特に、鈴木君とマユがはじめて愛し合う場面は結構ページ数があり、思わず読み飛ばしてしまいました。
決して不快だとか面白くない訳ではありません。
でも、この小説を読んで改めて思ったことが「あー自分には濡れ場は向かないなあ」でした。
小説や映画の中だけでなく、現実世界のそれもなんとなく抵抗があり。
恋人同士ならば当たり前の行為なのかもしれないのですが、ずっと一緒にいたいと思えるほど好きなのに、
どうしたことでしょう。
自分の恋愛が上手くいかないのは、そういうところにも原因があるのかもしれないな、と思いました。
いわゆる「草食系男子」というやつなのでしょう。
なんとなくプラトニックな恋愛に憧れを抱いています。
じゃあ、自分向きの恋愛小説ないのか、ということで見つけた小説が市川拓司さんの『そのときは彼によろしく』でした。
『そのときは彼によろしく』
物語は主人公・智史の現在と幼少期の想い出を何度も行き来しながら少しづつ進んでいきます。
小さなアクアショップを経営する二十九歳の智史には、十五年前に離れ離れになったかけがえのない友達が二人います。
一人は佑司。
サイズオーバーな黒いプラスチックフレームの眼鏡が特徴的な佑司は、画家を目指す少年でした。
体は小さいけれど心の優しい佑司は絵がとても上手でした。
不思議なことに彼はゴミの絵しか描きませんでした。
そして明らかに中学生のレベルを超えている彼の絵は、不思議なことにとても歪んでいました。
もう一人は花梨。
彼女はまるで男の子のように振る舞っていたため、花梨がきらきら光るものが好きだと知った智史は思わず
「それじゃあまるで、女の子みたいじゃないか」といってしまうほどでした。
花梨は歯に矯正器具を付けていて、いつもサイズオーバーのアーミーコートに身を包んでいて、
「ピーナッツ」を好んで読み、「フニクリ・フリクラ」を鼻歌で歌う女の子でした。
そして、智史のファーストキスの相手でした。
現在智史には美咲さんという素敵な恋人がいます。
二人はインターネットで出会いました。
何度かデートを重ねて、少しづつ距離を縮めているところです。
そんな智史の前に美しくなった花梨が現れます。
はじめ、鈍感な智史はその美しい女性が花梨だと気付きもしませんでした。
だって名前は森川鈴音に変わっているし、それにとても綺麗になっていたからです。
花梨は智史のアクアショップで働くことになりました。
この日から智史の心は微妙に変化をしはじめます。
つまり、美咲さんと花梨、自身の二人の女性への気持ちに戸惑いはじめるのです。
親友との再会、人を想う気持ち、そして大切な人との別れ。
それらが独特の柔らかな文体で描かれています。
タイトルの意味は…最後まで読めばよくわかります。
物語の後半の後半、智史と花梨は愛を確かめ合います。
ただしそれはメインディッシュではなく、あくまでも前菜まで。
なぜなら、「智史のことだから」避妊の用意などしていなかったためです。
このシーンは何度読んでも素敵です。
「ぼくはけっこう、こんなのも好きだよ。その、前菜ってやつがさ」
そういった智史に花梨は「あなたって変わってるわね」といいます。
自分はやっぱり変わっているんだなと思いました。
でも、そんな智史を受け入れる花梨はとても素敵な女性だと思い、
そんな花梨に愛されている智史に、ぼくは少し嫉妬してしまいました。
いつもミステリーばかり読んでいるので、たまには恋愛小説も悪くはない。
そんな風に思った、とある小春日和の午後でした。