古椿 【壱】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

喉に異変を感じ始めたのは、高校の入学式を無事に終えた、四月上旬のことである。

発熱まではいかないけれども咳が出たり喉がいたかったりの風邪には、年に一度程度お世話になっていたので、その時もいつものそれだろうと思い放っておいた。
放っておいたといっても、いつも以上に手洗いうがいには気を付けていたつもりだ。

しかし一向に痛みが引く気配はなく、ついに熱が出始めた。
新学期早々授業を休むのには気が引けたが、クラスのみんなに風邪をうつすのも悪いし、何より風邪が長引くことを懸念して、その日一日は学校を休むことにした。

横になりながら最後に熱を出したのはいつだろうかと思い返してみると、十年ほど前の夏だった。
今暮らす町に越してきてしばらくしてのことで、残暑の中慣れない環境で幼いながらも色々気を使っていた、その張りつめていた緊張の糸がほろりとほどけた瞬間のことであった。
今回も十年前と同じで、新生活への不安の緊張がほどけたのだ。

十年振りの発熱に悶えつつも、病院に行こうとはしなかった。
ぼくは根っからの病院嫌いであり、病院に行きたくないがために十年間熱を出さなかったと言っても過言ではない。
病院のお世話になるような大怪我や、虫歯すらない。
病院嫌いこそが健康優
良児の秘訣であった。

そんな執念が実ってか午後になると熱は平熱まで下がり、体のだるさも抜けてきた。
喉は痛いものの食欲はあり、その日の夜にはすっかりと元気になった。

しかし、異変は翌日の夕刻から始まった。

学校から帰る頃には喉の痛みは増し、再び体がだるくなった。
夜中には喉の痛みで何度も何度も目が覚め、絡みつく痰を吐き出しに布団から這い出たりもした。

朝起きると微熱があった。
やってしまったと思いつつも、前回のように午後になれば熱も下がり体調も良くなるだろうと、よくわからない自信で学校に行くことにした。
思惑通り昼頃には熱は下がったようだが、今度は咳が出始めた。

始めは軽かった咳も、日を追うごとに酷くなっていった。
むせ返るような咳で、あまりに酷く治まる気配もないのでいよいよ重い腰を上げて病院へ向かった。
医者には急性気管支炎だといわれた。
訳も分からぬまま、とんとん拍子で入院が決まった。
はじめに熱が出てから六日目の夜のことである。


「まったく。病院嫌いだなんて……」


白い花を胸に抱えた玲さんがぼくのことを見下ろしている。
身長はさほど高くはないはずだが、黒く美しい長髪と、彼女に見下ろされる威圧感と相まって、普段よりも一層背が高く見える。


「そんなこと言って、結局病院のお世話になってるじゃない」

「はあ…」


溜息のような曖昧な返事をしたつもりが、それすら声にはならない。
声が全く出ないのは数日前からである。


「声出ないのにわざわざ返事しなくたっていいわよ」


ぼくはかすれた声で笑う。
同時に咳が出る。

玲さんの言う通り、病院嫌いが祟り、一週間も病院にお世話になるはめとなった。
咳は出るし喉は痛いし、おまけに声は出ない。
たかが風邪と思いなめていた哀れな高校生の末路である。
風邪は万病の元だと、医者にもいわれた。
今は窓際のベッドで横になり、一日に三回、漢方薬を煎じて飲む入院生活を送っている。
高校生のくせにまるで年寄のような生活だが、二日そうしてみて案外悪くないなと思ったのは、ここだけの話である。

いつまでも立ってもらっているのも悪いので、ぼくは二人に椅子を勧めた。
声は出さず、右の人差し指でベッドの下を差した。
そこに都合よく椅子が二脚仕舞われている。

二人、というのは玲さんと柚原くんのことである。
玲さんの後ろに立つ柚原くんは、玲さんよりもずっと背が高いはずなのに、存在感を感じさせない。
普段から彼が落ち着いているからということもあるが、それよりもずっと玲さんが元気なのである。



梟印