梟塚妖奇譚 ・ 雲外鏡 【弐拾四】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。


「タネ明かし、か」

「五月さん、『雲外鏡』を知っていますか?」

「いや、知らないね」

「照魔鏡という鏡があります。
 そいつは妖怪の本体を見破るための鏡と言われています。
 雲外鏡はちょっと違う。
 かの有名な妖怪画家・烏山石燕はその書の中で雲外鏡をこう説明しています。

 『鏡に妖怪が映っていたから照魔鏡だと思っていたら、鏡が動き出したので、ああ、この鏡自体が妖怪だったか』

 つまり、雲外鏡は鏡自体がある意味意思を持った妖怪。
 その様子だと、どうやらあなたはお気付きではなかったようだ」


柚原はそう言って再び部屋の隅の鏡を指差す。


「あれが雲外鏡ですよ、五月さん」


四人の視線が鏡に集中した
その瞬間、雲外鏡が薄く緑色に光った。

少なくとも、ぼくにはそう見えた。


「毎日あの鏡の前に立ち、怪我をした自分の姿に絶望する内に、あなたは知らず知らずの内に雲外鏡からある知恵を与えられた」

「ある知恵って?」

「簡単に言うと、鏡の中の自分は左手が自由に使えることさ」


――ああ、そういうことか。

ぼくは保育園で右と左を教えてもらった頃のことを思い出していた。


箸を持つ方が右で茶碗を持つ方が左。

でも不思議なことに、それを教えてくれた保育園の先生はぼくとは左右逆で箸と茶碗を持っていたのだ。

家に帰ってから父さんに「父さんの右はどっち」と訊ねた。

父さんは迷わず左側の手を挙げたから、ぼくは「父さん、そっちは左だよ」と指摘した。

「父さんの右はこっちだよ」と父さんは笑った。

そして「あることをすればシュウの右と父さんの右は一緒になる」と教えてくれた。

ぼくと向き合っていた父さんは、ぼくに背中を向けた。

確かにそうすれば、ぼくと父さんは同じ方の手を上げることができる。


つまり――。

ぼくは柚原の言っていることがようやく理解できた。


「ねえ千昭くん、確かに鏡の中では左右逆になるけど――。
 鏡の中の五月さんが犯人ってこと?」


葛城が口を挟んだ。


「葛城、違うんだ。
 鏡は『左右』を逆に映すんじゃない」


さらにぼくが口をはさんで言った。


「どういうこと?」

「鏡は『前後』を逆に映すんだよ」


葛城は訳が分からないといった風に「は?」という顔をした。


「潮見くんの言う通り。
 例えば、本当に鏡が左右を逆転させるなら、右手を上げれば鏡に映る自分の像は向かって左側の手をあげるはず。
 でも、実際はそうはならない。
 右手を上げれば鏡に映る像は向かって右側の手を上げる」


柚原が右と左の手を交互にあげてみせた。


「鏡に映る自分は前後が逆転していることにも気付いた。
 前後が逆転すれば使えないはずの左手で事を起こすことができた。
 だから、あなたはこうした」


そう言うと柚原は隣の葛城を抱き寄せた。

葛城の髪が靡いてぼくの鼻をかすめた。

ほのかに塩素の香りがし、
葛城は「あっ」と小さく声を上げた。

それが、真実に気付いたことで発せられたのか、それ以外のことが理由だったのか、ぼくには判らない。

柚原は右手に拳をつくり、葛城の背中に押し当てていた。

彼の拳は葛城の左肩下あたりに当たっている。


「被害者を抱き寄せた後、そのまま右手のナイフで背中を刺した。
 こうすれば左手が使えなくても左側に刺し痕ができる。
 左利きの犯行に見せかけることができる」


柚原は葛城の身体からゆっくりと離れた。

五月は黙ったままだ。


「事故はあくまでもきっかけ。
 事故によってあなたには万恨の念が生まれた。
 周りが見えなくなり、周りが見えなくなれば隙も生じる。
 その隙を雲外鏡は見逃さなかった。
 雲外鏡はあなたに『人に害を与えようとする心』とその知恵を与えた。
 邪気の苗床はあの鏡だ」


そう言うと柚原は急に立ち上がり、五月の後方に向かって早足で進んでいく。


「ぼくには祓う力がありません。
 妖と干渉することしかできません。
 本来は拝み、頼んで去って頂くのが筋なんですが――」


そして、立て掛けてあった五本のギターの内の一本を手に取り、鏡に向かって駆け出す。


「こいつは駄目なようです」


ギターのネックを持ち、大きく振りかぶる。

鏡を叩き割る気のようだ。


「強行突破ですっ」



梟印1