梟塚妖奇譚 ・ 雲外鏡 【弐拾参】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。


五月の表情が変わったのが判った。

数分前のあの優しい表情はない。

五月は柚原の発言の何に反応したのか、ぼくたちには解らない。

ぼくは考えてみた。

左右だけじゃなくて、前後?


「まあ、いい。
 仮にそういうことだとして、」


五月がゆっくりと話を進める。


「動機は何だ」


ほぼ同時、柚原と五月は同じ言葉を発した。

五月は目を見開き、口には出さないがその表情は怒りに満ちていた。

柚原は五月の瞳をじっと観察するように覗き込んでいる。


「おいっ」

「問題は…、何があなたをそうさせたか」

「何?」

「根っこの部分です。
 それを見る必要があります」

「何を言っているんだ」

「――事故、ですね」


五月の右手がぴくりと反応した。

左腕に当てようとしたその手を咄嗟に止めたのだ。

柚原もそれを見逃さなかった。


「あなたが今触ろうとしたその左腕を負傷した事故。
 あなたから楽器を奪った、夢を奪った事故。
 もう一生楽器が弾けない。
 顔も傷つき、あの美しい容姿には二度と戻れない」


柚原は五月から目を離さずに、人差し指を伸ばした左腕を持ち上げた。

柚原の指の先にはあの部屋の隅の鏡がある。

鏡?


「毎日あの鏡に映る自分の姿を見ては絶望した。
 鏡の横の壁、随分擦り減っていますね。
 あなたは悔しくて右の拳で何度も何度もあの壁を殴った。
 絶望から逃れるために。
 でも逃れることなんて、できなかった。
 あなたは恨んだ――事故を。
 いや、事故の原因となったのは――、イヤーホン」


柚原が畳みかけるように言った。


「どこで……?調べたのか!」


柚原は口角を上げ、言う。


「何を言っているんですか?
 調べてもいないし、誰からも訊いちゃいませんよ」

「じゃあ…」

「さっきも言ったでしょう。
 『見える』んですよ」


柚原はぐっと目を見開いた。
その横顔に思わず鳥肌が立った。
太腿から、二の腕、顎の辺りまで、ぞわぞわと何かが這い上がってくるように鳥肌が立った。


「制服を着た女の子が道の端の方を歩いている。
 狭い道だ。
 ああ、彼女は音楽を聴いているんですね。
 これはあなたの車。
 なるほど、彼女はイヤーホンで音楽を聴いている。
 だから、後ろから近づくあなたの車に気が付かない。
 彼女が急に右から飛び出してきた。
 左側の路地に彼女の家があるんです。
 あなたは彼女を避けようと咄嗟に左にハンドルをきった。
 でも――」

「もういい」

「あなたの左半身は傷付き、人生はめちゃくちゃだ」

「もういいと言ったんだ」


柚原は開きかけた口を閉じ、初めて五月から目を離した。

机の上のカップを手に取り、一口飲んだ。

「呆れたよ。
 まるで見ていたかのようだな」

「何度も言うのは嫌いです」

「きみは、超能力者なのか」


柚原は馬鹿するかのように笑い、首を振る。


「違います」

「じゃあ…」

「今のにタネも仕掛けもありませんよ。
 さあ、話を戻しましょうか」



梟印1