梟塚妖奇譚 ・ 雲外鏡 【拾四】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。


*これまでのあらすじ*
潮見秋は夏休み真っ只中に学校へと向かった。
同級生が通り魔に刺され意識不明という事態につき、全校集会が開かれることとなったからだ。
そこで、被害者の犀川芽衣が秋のクラスメイトの葛城玲親友だと聞く。
その日秋は、何か話がある様子の葛城と、同じくクラスメイトで妖が見えるという柚原千昭と共に
市民プールへと出掛けた。
柚原がプールで溺れかけるというハプニングもありつつも、葛城は犀川の事件について話を始めた。
葛城は事件の容疑者と思われる人物の自宅を知っているという。

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眺



犀川芽衣は音楽を聴いていた。

彼女の耳には、お気に入りの白いカナル型イヤーホンが差し込まれている。

普段は黒のインナー型イヤーホンを使うが、自分だけの世界に入り込みたいとき、外界から遮断されたいときは別だ。


歩道のない道を、自転車を押しながらぼんやりと歩いていると、芽衣の横を赤い車がゆっくりと通り過ぎていった。

通り過ぎるまで車の存在になんて全く気が付かなかった。

念のため、意識して道の端に寄って歩くことにした。


その道をしばらくと、小さな公園が見えてくる。

自宅と高校との丁度中間あたりに位置する公園だ。

高台になっていて、周囲は田畑や雑木林の他に古い家がちらほらあるのがその眺めで判る。

毎日通る道だが、その公園にはこれまで一度も立ち寄ったことはない。


公園は、紫の夕焼けに包まれていた。



芽衣は一つ寂しく揺れていたブランコと自分とを重ね合わせた。

それに腰を下ろし、再びゆっくりと揺らし始めた。

芽衣の瞳から紫色の雫が零れ落ちた。


昼休み、教室の後ろに並ぶロッカーの上に座り、一人音楽を聴く。

誰よりも早く昼ご飯を済ませ、外を眺めるのが芽衣の日課だ。

一年生の教室は三階で、音楽を聴きながらその景色を眺めるのだ。

そんな芽衣をみんな知っているから、昼休みに彼女に話し掛ける人はいない。


その光景だけ見れば芽衣は物静かな少女に見えるかもしれない。

しかし決してそのようなことはなく、むしろ活発な今時の女子高校生だ。

気さくな性格で誰とでもすぐに打ち解けることができるし、男女問わず友達は多い。

学業では、特に芸術科目に秀でている。

スポーツは万能、絵も描けるし美しい字も書ける。

ピアノは三歳のときに始めて、ピアノグレードを所有している。

料理、裁縫までこなし、一般的に「女性らしさ」と言われる部分も身に備わっている。


中学の時分はソフトボール部に所属していた。

ポジションはショート。

ショートを選んだのは、ポジション名がかっこよかったからという理由だ。

中学三年生の夏にはチームを県大会にまで導き、優勝こそ逃したものの、個人タイトルとしてベストナイン賞を受賞した。


しかし、ソフトボールは中学で辞めた。

高校のソフトボール部からも声が掛かったし、みんなからは「もったいない」と嘆かれた。

しかし、芽衣は全然「もったいない」なんて思わなかった。

代わりに高校からは軽音部でバンドを始めた。

リードギターを担当し、作詞作曲もそつなくこなしている。


今年の梅雨は大して雨は降らなかったが、窓から吹き込んできた風は昨日とは違い乾燥していて、きっと梅雨明けを知らせる初夏の風なのだろう。

芽衣の真ん中で綺麗に分けられた短い髪が、静かに揺れた。

校庭ではクラスの男子がサッカーボールを蹴っている。



「泣かないで」


ブランコとすべり台、砂場だけのほんの小さな公園で、微かにそんな声が聞こえたような気がした。

何かを探すように芽衣が顔を上げると、ブランコの向い、三メートル程向こうにある二人掛けのベンチに男が座っていた。

優しそうな目が印象的な、二十代後半くらいの男だ。

紫に染まった男の顔を、柔らかそうな髪が撫でた。

そのとき、芽衣は男の顔に傷を見た。

左頬から顎にかけての大きな傷だった。

気付けば今まで聴いていたはずの音楽は全く聞こえなくなっていた。

年頃の女の子と見知らぬ男が公園に二人きり。

辺りには人の気配はない。

こんな状況だったら一体どんなことが起こるのか、簡単に想像でき、さらに緊張した。

ブランコの鎖を掴み、立ち上がろうとした。


「待って」


男は右手の平を突き出し、芽衣を制止した。

芽衣は不思議な拘束感に体を捕われた。

男が立ち上がる。

男は思いのほか背が高かった。


「君は音楽が好きなんだね」


そう言いながら芽衣に向かって近づいて来る。

さっきとは別の緊張であることが芽衣には良く分かったが、なぜそうなったのか、理由は全く分からなかった。

芽衣の一メートルほど手前で砂利の音が止まった。

男は腰を落とし、膝に手をあて芽衣の顔を覗き込んだ。

芽衣は男の目を真っ直ぐ見た。


「ぼくは音楽をしていてね」


芽衣はようやく両耳のイヤホンを取り外した。


「サツキといいます」


咄嗟に漢字変換した。


「五月、さん?」


聞いたことのない名前だった。

もちろん、名の知れた音楽家ばかりでないことは百も承知だ。


「ぼくのために、曲をつくってくれないかな」



梟印1