梟塚妖奇譚 ・ 火車 【拾七】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

冷気に満ちていた。


開かれた扉の奥は夏とは思えないくらいひんやりと涼しかった。

扉の動作と共に雨風の音が大きくなり、緑色が視界に広がった。

目線は次第に上へと上がる。

木製の古い椅子、大きな机、それに面する大きな窓。

窓ガラスには雨が強く打ちつけられ、その向こうの景色は無数の水滴に遮られて見えない。

本来なら一本の大きな桜の木と、その奥には鯉のいる池が見えるはずだ。

数えきれないほどの鯉たちは祖父によくなついていて、池の端に立ち、棒で地面をコンコン鳴らすと面白いように集まってきていた。

そうして集まってきた鯉たちによく祖父と一緒に餌をあげた。

ぼくが祖父と同じようにしても駄目だった。

どうしても、鯉たちがぼくになつくことはなかった。


扉を閉めると急に埃っぽく感じ、思わず鼻に手を当てた。

葛城は部屋を見渡し、柚原は迷わず本棚へと向かい、綺麗に並べられた本を探るように眺めていた。

彼は丁度目線当たりに位置する本を何冊か取り出し、その奥を覗き込んだ。

本棚には古い本がぎっしりと詰まっている。

そのほとんどがアガサ・クリスティやコナン・ドイル、日本人作家だと横溝正史や池波正太郎などの推理小説だが、バリエーションは
SF、歴史、漫画まで多岐にわたる。


「何探してるの」


葛城も一緒に本を抜き出す作業に入ったが、本の天(あたま)の埃の量がすごかったようで、指先についた埃を不機嫌そうに払い、その後はぼくと同じように柚原の様子をただ眺めていた。


柚原がその作業を始めて間もなく、彼の手が止まった。

諦めたのかと思ったが、どうやら何か思案を巡らしていたらしく、やがて本棚のそばの安楽椅子を見て何かを閃いたようだった。

彼はそのまま安楽椅子に座り数回揺れてみせた後、右腕を本棚の方に伸ばし、それまでと同じように本を数冊取り出した。


「あった」


本棚の奥を覗き込んだ柚原が言った。

ぼくと葛城は慌てて駆け寄って柚原の後ろからそこを覗き込んだ。


扉だ。


周囲の本を取り出し、再び覗き込む。

本棚の奥には小さな扉があった。

これを隠し扉というのだろう。

両開きの隠し扉の開口部には、なぜかいくつもの剃刀の刃がまるで封をするかのように貼り付けられていた。


「柚原、」

「潮見くん、ここにはお祖母さんがいるんだ」


柚原が本棚の奥に手を伸ばし、取っ手を手前に引いた。

剃刀の刃は簡単に剥がれ落ち、小さな扉を開かれた。

曲線が美しい、薄青色が見えた。

ぼくはそれが何であるかすぐに判った。

祖父のときに見たことがあったからだ。


骨壺。


両開きの扉はスライドさせて奥に仕舞える仕組みになっていた。

本棚の奥に隠された小さな扉の中には、骨壺が丁寧に仕舞われていた。

柚原の言っていた「お祖母さんはまだお墓に入ってない」とはどうやらこのことのようだ。

この骨壺の中には祖母の骨が入っている。

祖母の骨は墓に入れられることなく十六年間祖父によってここに仕舞われていた。

そういうことだろう。


「なあ柚原。これはお祖母ちゃんの骨なのか」


柚原は黙って頷いた。

それを確認したぼくは骨壺を取り出そうと両手を伸ばした。


「――っ」


ぼくの後ろで葛城が叫んだのが判った。

その瞬間、正確にはそれよりも早く、


「待った」


ぼくは左手首を掴まれた。

一瞬迷ったが、ぼくは隣を見た。 

柚原が信じられない力でぼくの腕を掴んでいた。

目を見開き、真っ直ぐ前を向いたまま口を小さく動かした。

ぼくには聞こえた。


「来た」


何のことか分からずしばらく硬直したが、すぐに葛城のことを思い出し、振り返った。

彼女は右手で口元を抑え、部屋のドアの方を凝視していた。

暗いはずの部屋が、そこだけ煌々と明かりが灯ったように明るかった。

確かに見たことのある、金色の猫がそこにいた。



梟印1