梟塚妖奇譚 ・ 火車 【拾伍】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。


祖母が亡くなったのは十六年前だ。

ぼくはまだ生まれたばかりで、当時のことは何も分からない。

ただ墓はちゃんと存在していて、この家に来たときは毎回墓参りをしたし、もちろんここに住むようになってから、つまり祖父が亡くなった後も定期的に父さんと一緒に潮見家の墓守している。

しかし、「お墓に入っていない」とはどういうことだろう。

ぼくたちは一体何に手を合わせていたのか。

ぼくはこれまで自分たちがしてきたことを否定されたようで嫌だった。

いや、柚原が言いたいことはそういうことではないのか。

彼が何を言いたいのかぼくには解らなかった。


ぼくは葛城と顔を見合わせた刹那そんなことを考えていた。

赤茶縁メガネの奥の瞳は緊張しているように見えた。

ぼくもきっと、彼女と同じ目をしていた。


「まだこの家にいる」


祖母はまだこの家にいる、と言っているのか。


「そんなこと、やっぱり、わかるの?千昭くん」

「そもそもどういうことだよ」 

「これから順番に説明していこうと思う。まずは潮見くんの聞いた音のことから」


柚原は閉じていた左の手の平を開いてみせた。

ぼくと葛城が覗き込むと、二、三センチ程度の小さな虫の死骸が転がっていた。


Death Watch Beatle


やけに綺麗な発音で柚原が言った。

どうやら虫の死骸のことを言っているらしい。

葛城は興味津々に人差し指でその死骸をつついていた。


「なに、この虫」

「日本では死番虫って呼ばれてる」

「シバンムシ」
 

「漢字で書くと死の番をする虫って書く」

「気持ち悪い名前ね」


柚原が頷く。


「名前の由来は、死(
Death)を見守る(Watch)虫(Beatle)。

 ピラミッドの中から死番虫の死骸が見つかったことがあることから、その名前が付いたと言われてる。

 でも、これは実は誤訳だという説もある。

 死番虫は古い書物や、壁や柱みたいな建材を好んで食べる害虫として知られてるんだ。

 穴を掘り進むようにして食害するから、死番虫に食べられた古書や建材は穴だらけになる。

 死番虫の仲間には食べ進んだ建材の中で音を出す種類がいて、ヨーロッパでは家の中で聞こえる正体不明のコツコツという音を『死を宣告する死神の時計』と言い伝えた。

 つまり、」


つまり、「見守る」と「時計」、二つの
Watchの意味をとり違えた。


「潮見くんが聴いた音は、死番虫の出していた音だと思う」

「この死骸は、どこに」

「玄関に転がっていたのを見つけた。

 玄関の古い木造の家だって聞いたからなんとなく死番虫の仕業だと予想はついてはいたけど」


百聞は一見に如かず、ってことだろう。

それはいいとして、木に穴を開けるということは、


「この家の柱は穴だらけってことか」

「死番虫は古書や木造の建物、種類によっては穀物も侵害する害虫だから、早めに駆除した方がいいと思う」


中庭の草むしりの他にまた一つ、夏休みの仕事が増えてしまったようだ。


「でもよかったね、幽霊の仕業じゃなくて」


葛城の言葉にぼくは頷けなかった。

彼女はすぐにその雰囲気を悟ったようだが、何が原因かはわかっていないようだった。


「葛城さん、まだ終わってないよ」


柚原は縁側に出た。


「この家では害虫騒ぎの他にもう一つ、あることが起きている。

 次はお祖父さんの部屋に行こう」


柚原は吸い込まれるようにして細い廊下を歩いていった。

祖父の部屋は確かにそっちなのだ。



梟印1

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