夏が来るたび蝉がうるさいと言っている割に、ぼくはいまだにヤツらのことを何も知らない。
分類や種類、生態も知らないし、雄雌の区別すらできない。
それぞれ鳴き声が違うことぐらいはぼくにだって判るが、それがどの種のものかまでは知らない。
ぼくが知っているのは、蝉が鳴くだけで夏の暑さは増幅する、ということと、蝉は音が聞こえない、ということだけ。
ただし、一方はただのぼくの持論であり、もう一方はただの噂でしかないのだが。
三人自転車を縦に連ねて正門を出た。
学校を出てすぐの道を直進し、信号を二つ越えると駅が見えてくる。
駅の前の道を左折し東へ進む。
電車ではたったの二駅だが、自転車でとなると割と距離がある。
道はしだいに細くなる。
民家や飲食店がちらほらと見えていた景色も、やがては田圃や畑へと移り変わる。
普通車もほとんど見なくなる。
路上にはトラクターのタイヤ跡が残っている。
自宅最寄りの駅を過ぎ、北へと続く短い林道を抜けた頃、ぽつぽつと大きめな水滴を左腕に感じた。
後ろで葛城が騒ぎ出して、しばらくすると路上に大粒の水玉模様が現れた。
「やばいよ、潮見くん。家まだなの」
ぼくたちは自転車を漕ぐ足を速めて小川の脇を一気に駆け抜けた。
雨粒の大きさからしてかなりの土砂降りになる、と予想した。
にわかに風も吹き出して、蝉たちはいつの間にか都合よく黙り込んでいた。
家に着いた頃には予想通りの土砂降りが始まった。
ぼくたちは自転車を玄関に引き入れた。
この広い玄関でも自転車三台ともなると窮屈になる。
「なにここ、すっごい」
バッグからタオルを取り出し、髪に着いた滴を拭いながら葛城が言った。
雨足も風も一層強くなり、屋根とガラス戸が音を立てていた。
「鹿の頭、潮見くん怖くないのー」
「さすがに小さい頃は怖かったけど、今はもう、ね」
「想像以上に古い家。
この足場の切り株もさ、年季物って感じだし、天井の梁も木を丸々一本使ってるみたい」
彼女につれられてぼくと柚原も上を見上げた。
こんなに高かったかな、と思うくらい天井は高く、存在感のある太い梁が数本縦横に張られている。
もちろん何の木かは判らない。
ぼくは一先ず二人を家にあがるように言って、昨日例の音を聴いた場所に連れて行った。
縁側の戸は開けっ放しで、雨が吹き込んでいた。
慌てて戸を閉め、濡れたところは避けて立ち、二階へと続く階段、渡り廊下、部屋の天井を順に説明していった。
縁側から部屋に戻り、ぼくたちはしばらくその場に立ちつくし耳を澄ませてみたが、聞こえるのは雨と風と、それらに叩かれる屋根とガラス戸の音だけだった。
沈黙を破ったのは柚原だった。
彼の左手はなぜか握られていた。
そのことが気になって、訊ねようと思ったときだった。
「お祖母さんはいつ亡くなったの」
「ぼくが生まれた頃だから、十六年前。もうじき十七回忌」
「お墓はどこに」
家の敷地に入る直前に一本脇道がある。
少々急な坂道になっていて、上がっていくと蔵の裏手の向日葵畑に出る。
潮見家の墓は向日葵畑を抜けた先の丘、というほどのものではない小高い場所に建てられている。
ぼくは二階へつながる渡り廊下の向こう側を人差し指で懸命に示した。
それを確認して柚原は言った。
「潮見くん、お祖母さんはまだお墓に入ってない」
意味が、解らなかった。