「それで?どうだったの」
葛城がぼくに訊ねた。
彼女が訊きたいのは、祖父の部屋から例の音は聞こえたのか、ということだろう。
担任から受け取った配布資料は無事教室へと運び終わり、ぼくたちは帰路に着くため昇降口に向かっていた。
「父さんの言った通りだった。祖父ちゃんの部屋から確かに同じ音がした」
父さんに祖父の部屋の話を聞いたその夜、ぼくは祖父の部屋の扉の前に立った。
父さんは毎日聞こえるわけじゃないと言っていたけど、昨日は二階から音を聞いていたし、もしかしたらと思ったが――。
扉の向こうの、あの無機質な音を耳にして、ぼくは後悔した。
一度はドアノブ手を伸ばしたが、触れることなく、ぼくはそこから立ち去った。
何もいるはずないのに、何かから逃げるように、背後をとられぬようにして、なるべく壁伝いに小走りで自分の部屋に戻った。
走ると余計に追いかけられているように錯覚してしまうのは何故だろうか。
そしてそれを解っていながらもそうしてしまうのは一体何故だろうか。
自分の部屋に戻り布団に入ったものの、あのコツコツという音が耳を離れない。
もはや実際に聞こえているのか、錯覚なのか、判断できなかった。
夜が明けて蝉が鳴きだしてようやくぼくはその音から解放された。
どうやら『両親の幽霊が怖い子供がどこにいる』、父さんのこの意見には、ぼくは賛同できなさそうだ。
「というわけで、今日は寝不足だったわけだ」
もちろん祖父の部屋の前から逃げて帰ったくだりは割愛した。
そこまで自分の情けなさを露呈させる必要もないだろう。
葛城が柚原の横顔を覗き込んだ。
柚原はただ前を見つめている。
場所はすでに昇降口。
再び葛城が口を開く。
「結局、その音の正体は分かってないんだよね」
「当然。話は昨日の今日だ」
愚問。
事の顛末が解っているなら、お化けが怖くて寝むれませんでした、なんて情けない話をする必要もなかったのだ。
「千昭くん、どう思う?潮見くんの話」
柚原は黙ったまま靴を履いている。
葛城がぼくを睨んだ。
その目は「お前も何か言え」と言っていた。
「ぼくは祖父ちゃんの残留思念とか、なんというか、こう、なにか伝えたいのかなって」
ぼくがこの話を始めたのは葛城がしつこかったからではない。
ぼくは柚原の反応を待っていた。
この際「君の後ろにはおじいさんの霊が――」と、どうぞ言ってもらって構わない。
やがて長い間つぐんでいた柚原千昭の口が動き出した。
「潮見くん。葛城さん。」
ぼくたちは彼の言葉に耳を傾けた。
「ぼくはね、」
「潮見くんの周りでは、異なる二つの出来事が同時に発生していると考えてる」