冷たい風が、全身を一気に駆け抜けた。
戸を半分だけ開き、手を止めた。
息をのみ、懐中電灯と角材を左手に持ち替え、利き手で残り半分、戸を開いた。
戸の軋む音に緊張し、一瞬体が撥ねた。
二階の雨戸は全て閉められている。
ところどころ、僅かに夕日が漏れているが、ほぼ暗闇と言っていいだろう。
外で蝉が騒ぎ立てているのとは対象に、室内は冷気で満ちており、古い木材の匂いとカビの香りが鼻を刺激した。
ぼくは戸に手をかけたまましばらく、といってもおそらく数秒だったろうが、その場で立ち尽くしていた。
部屋を仕切る障子や襖は全て取り外されており、一階と同じ広さをほとんど一度に見渡すことができた。
コツコツ。
コツコツ。
やはり。
ほんの微かだが音が聞こえる。
下で聞いた音と同じだった。
慌ててぼくは懐中電灯の灯りを暗闇にあてた。
人や動物の影は見当たらず、何かがいる気配もない。
床を見ても埃や木屑が散乱しているだけだった。
ぼくはその埃を見て考えていた。
まず、二階へと通じるこの戸、鍵は掛けられてはいなかったが、しっかりと閉じられていた。
動物が戸を開けて入り、そして丁寧に閉めるとは考えにくい。
百歩譲って動物が入り込んだとしよう。
それでもやはりおかしいことに変わりはない。
もし、何者かが埃の積もった床に足を踏み入れていたとしたらどうなるか。
試しにぼくは床に自分の右足を押しつけてみた。
そこにはアディダススニーカーのゴム底が綺麗に転写された。
足跡、もしくはそれに類似する痕跡が残っていなければ、やはりおかしいのだ。
つまり、二階には誰も入ってない。
ぼくはそのままゆっくりと後ずさりし、来た道を戻った。
とにかく暗闇に背を向けたくなかった。壁に沿って階段まで行き、一気に駆け下りた。
勢い余って瓦屋根にぶつかりそうになった。
振り返り、階段そして二階へと続く渡り廊下を眺め、引き戸を閉め忘れたことに気付いたが、戻る気にはなれなかった。
六時を知らせる「遠き山に日はおちて」を聞きながら、ぼくはしばらく立ち尽くしていた。