梟塚妖奇譚 ・ 火車 【六】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

この高校は三棟で構成されている。

職員室、保健室、その他特別教室の並ぶ北棟。

一般教室と文化系の部活動用の教室の並ぶ南棟。

同じく一般教室の並ぶ別棟。

これら三棟を繋ぐのは一階の渡り廊下のみ。

鳥瞰するとちょうど「ヨ」の形となるはずだ。

一年生の教室は三棟の中で最も新しい別棟の三階。

ぼくたちの教室はその一番奥、渡り廊下から最も距離の遠い教室だ。

向かう先は北棟一階の同じく一番奥、職員室。

コースは以下の通り。

まず別棟三階から一階まで下り、渡り廊下まで行く。

それを渡り北棟へ。

その一番奥の職員室まで行き、資料を受け取り同じコースでぼくたちの教室まで戻る。

ちなみに昇降口は全学年共通で南棟一階、渡り廊下のちょうど真ん中に位置しているので、一仕事終えた後再び三階から一階まで下り、昇降口まで行かねばならない。

非常に厄介である。


さて、その道中。

「潮見くん、倫理で寝てたでしょー」

ぼくの前を歩く葛城が言う。

今日は綺麗な黒髪を後ろで括っている葛城。

黒髪のポニーテルが彼女の歩調に合わせてゆらゆら揺れる。

ぼくが答えないでいると、彼女は少し振り返ってぼくのことを見た。

口角が上がり、赤茶縁メガネの奥には頬がぐっと上に上がり細くなった瞳が見えた。

斜め後ろから見ると、赤茶縁メガネが彼女の小顔にはやや大きめであることが良くわかる。


今日の二限目は社会科担当・鳥居教諭の倫理の授業だった。

教科書を延々と読み続けるその授業で眠りについた者は、鳥居教諭に容赦なく指される。

そして彼は口癖の「えー」を必要以上に連呼し、その者が夢から覚めるまでその名を呼び続ける。

一般的な中肉中背。

髪はサイドを刈り上げている。

運動の経験はほとんどないらしいが、男子及び女子ハンドボール部の顧問である。

学生の時分から世界史が好きで本の虫。

友達もそう多くはなく、部活動にも所属していなかった。

高校生の頃、そんな自分のことを好きだと言ってくれた同級生の女の子がいたそうだが、上手く回答できずにいたら、いつの間にか無かったことになってしまった、らしい。

繰り返すが、今日のぼくは寝不足だ。

故に、今日の二限の鳥居教諭の倫理の授業では、何度も舟を漕いでいた。

「それは嫌みか?ぼくを起こしたのは君だろ」

「ん?起こしてあげたんでしょ」

隣席の葛城は、ぼくが舟を漕ぐ度に右肘をシャープペンの先でつついてきた。

そのお陰あって、ぼくは授業中に指されることはなかった。

――はずだった。

鳥居教諭はその事実に気付いていたのだろう。

授業終盤にぼくを指し、カントの人物紹介を読むよう指示した。

ぼくがそれを読み終わったと同時に授業終了のチャイムが鳴り、鳥居教諭は満足げにぼくたちの教室を後にした。


「潮見くん、今日眠そうね。昨日夜更かしでもしてたの」

ぼくが「まあそんなところかな」などと曖昧に答えると、葛城は興味津々にその赤茶縁メガネの向こうの奥二重の瞳を煌々とさせ、「何々ー」と聞き返してくる。

葛城はいわゆる、お節介、だ。

そして、時々語尾が伸びる彼女の癖に、ぼくは少々いらいらする。



梟印1