梟塚妖奇譚 ・ 火車 【参】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

夏休み前の短縮授業のおかげで、ぼくは通常よりも早い時間に帰路につくことができた。

それは天下の梟塚高校も例外ではないようだ。

田舎の小さな駅の前を自転車で駆け抜けようとしたぼくの視界には、改札を通り抜けたばかりの白井友介(しらいゆうすけ)の姿があった。

朝は七時半、夜は十八時半、この間には改札に駅員が在中するが、それ以外の時間帯は無人駅となる。

田舎の駅とは、如何せんそんなものだ。

ぼくは自転車から降りて「よう」と呟いた。

友介は右手で挨拶をして、ぼくたちは一緒に歩き出した。


東西に伸びる線路に沿って、畦道を東にしばらく行くと踏切がある。

踏切を渡るとほんの数メートル程度の林道に入り、そこを抜けると再び広めの畦道となるが、数百メートル北の方角にまばらだが建物が見えてくる。

それを越えればこの辺りでは割と大き目の商店街となるのだが、ぼくたちはそこを通らず、再び東へと帰路を、急がなかった。



「梟塚にも短縮授業があるのか」

小川に沿って気まぐれに車が走る舗装道路を歩きながらぼくは訊ねた。

友介は小川を眺めながら答えた。

「梟塚だって休み前の短縮授業ぐらいはあるさ」

「終業式は」

「梟塚だって休み前の終業式ぐらいあるさ」

「違う、日にちを訊いてるんだ」

「なんだ、明後日だよ。どこも一緒だろ」

「……」

「ちなみにな、梟塚には夏休み前でも小テストあるんだぜ」

「そらご苦労なこった」

「まあな。そっちは」

「小テストなんてあってたまるか。今日もいつも通り」

「みえる男子が教室を飛び出して、それを赤茶縁メガネが追いかける展開か」

「…それが日常ってわけじゃないぜ」

柚原に関してはある噂があった。

友介の言った通り、幽霊がみえるのではないか、という噂だ。

誰が訊いたか、柚原の小学校の同級生の話よると、その時分にはもっと酷かったらしく、何もないところで何かに話しかけていたり、何かから逃げていたりしているようで、周囲からは気味悪がられていたらしい。

中学に入ってからはそういったことは少なくなったようだが、いつも一人でいて本ばかり読んでいたらしい。


他人には解らない苦労ということだろうか。

そもそも、噂どおり彼に幽霊が見えているか、ぼくたちには判断することは出来ない。

第六感。

幽霊が見えるとは一体どんな状態なのだろうか。

騙し絵は一枚の絵の中に見方を変えることで複数の絵を鑑賞することができる。

例えば、有名な騙し絵では、一枚の絵の中に夫人の後ろ姿と老婆の横顔を見ることができる。

しかし、見えない人にはどんなに丁寧にその見方を教えたとしても、もう一方の絵を見ることができないという。

幽霊もそれと同じなのだろうか。

実は誰もが見えるはずだが、ぼくたちはただ、その見方が解らないだけなのだろうか。


「赤茶縁メガネとは仲良くなれたか」

慌てて思考を柚原から友介へと旋回させた。

質問内容を反芻し、話が不意に葛城に移ったことを理解した。

そして質問に回答するため記憶をめぐらす。そして一言答えた。

「完全に目を付けられてる」


話が一段落し、ぼくらの間に沈黙が訪れた。

それを待っていたと言わんばかりに、蝉たちが一斉に鳴き出した。

実際にはもっと前、むしろ初めからヤツらは木の上で惰眠を貪り鳴いていた。

それをぼくはらの自らの意思で意図的に謝絶していただけだ。

ぼくは近くの木で鳴き叫ぶヤツを睨みつけてみたが、当然ヤツの鳴き声は止まない。

いや、おそらく、ぼくが睨んだのは雌だったのだ。

「シュウ、夏休みの予定は」

「まだ何にもない」

「俺もだよ。コウも一緒に、また三人でどこかいこうぜ」

「どこかなんて、行ったことあったか」

「あるだろ。ほら…山とか川とか」

「それ、どっちも近所だろ」

日下光一(くさかこういち)も友介もぼくも小中学校の同級生だ。

腐れ縁とも、親友とも、言い換えは自由である。

よく三人でつるんで一緒に遊んだ。

一緒に梟塚の森を駆けずり回り、一緒に虫取りや川遊びをして、一緒に採りたての生野菜にかじりついた。

三人とも中学までは一緒の学校に通ったが、今では友介は梟塚高校、コウとぼくはそれぞれ別々の公立高校に通っている。

そしてこれは致し方ないことかもしれないが、高校に進学してからはまだ一度も三人揃ってない。

「コウは元気か」

友介が再びぼくに訊ねる。最後に光一にあったのは、先月のことだ。

「最近会ってないけど、先月は元気だった」

「俺も先月会ったな。自転車が新しくなってたな」

「色は」

「レインボーだった」

「……」


ぼくたちは足を止めた。

今の会話が原因ではない。

左手に緩やかな坂道があり、それを辿っていくと多少木々に隠れてしまうが、三階建てと判る大きな古い木造建築が見える。

ぼくの家だ。

「久しぶりに寄っていくか」

「そうだな」と友介は少し考え、やがて答えた。

「そうするか」



梟印1