梟塚妖奇譚 ・ 火車 【弐】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。


今年の蝉は鳴き過ぎだ。




どうしてこうも毎日鳴いていられるのか。

昔どこかで、蝉は音が聞こえない、という噂を耳にしたことがある。

もしそうだとすると、ヤツらはなぜあんなにも大声で鳴く必要があるのだろうか。

一匹鳴けばそれに便乗して他も一斉に鳴き出す。それがまるで性質のように。

そうだとしたら、ヤツらはぼくたちを困らせるために鳴いているのだ。

もしぼくの席が窓際なら、すぐにでもヤツらを睨みつけてやるのに、今の僕にはそれは叶わない。

今まさに窓の外を眺めている彼も、ぼくと同じようにヤツらについて考えているのだろうか。



柚原千昭(ゆずはらちあき)はぼくの同級生で、主席番号がクラスで一番後の生徒だ。

ぼくの経験上、出席番号が遅い番号の場合、座席が窓際になる可能性が高い。

柚原は窓際の一番後ろ、教室の隅の席だ。

ぼくはそれが羨ましかった。

先生たちに言わせてみれば、一番後ろの席というのは何かこそこそやっている時、いわゆる内職というやつだが、ぼくたちの思っている以上に目立つそうだ。


しかし、ぼくは別段授業中に何かこそこそやりたくてその席が羨ましいのではない。

この高校は若い学年ほど上の階に教室がある。

つまりぼくたち一年生の教室は三階。

ぼくの目的は窓から景色を眺めることだ。

ただし、授業をきかないという点では、外を眺めるのと内職は同罪である。

幸いなことに、本日最後の授業は総合理科であるため、退屈することはない。

総合理科では化学、物理、生物、地学、全てを万遍なく学ぶ。

次年以降の理科系授業を選択し易くすることがこの授業の目的なのだと、ぼくは思っている。

中間試験では惜しくも届かなかったが、期末試験では満点を取ってやった。

先生は悔しがっていたが、理科だけはぼくの昔からの得意科目だ。



「おい、柚原」

先生が叫ぶと同時に、教室の後ろのドアが開け放たれた。

柚原が教室を出て行ったのだ。

教室が少しざわついた。

柚原は時々こういうことをする。

決して不良生徒というわけではない。

問題児とも言い難い。

ただ、少し変わったヤツではある。

こんな風に授業中に教室から飛び出していったり、急に何かに驚いたり、何もないところで派手に転んだり、そういうことがよくある。

先生たちも柚原が悪いヤツじゃないと解っている。

だからといって授業を放棄されることを放っておくわけにも、いかない。

「まあ、一応誰か様子をみてきてくれ」と先生が言うと、いつものようにクラス長の葛城玲(かつらぎれい)が黒くて長い髪をなびかせながら席を立ち、柚原の後を追った。



ぼくと葛城のファーストコンタクトは最悪だった。


「文句があるなら言ってよ」

ややヒステリックで甲高い声で葛城はぼくに話し掛けてきた。

入学してまだ間もない頃だ。

残念ながらその頃桜はまだ咲いていなかった。

この地域では桜の開花は割かし遅い。


さて、そんな四月のとある午後、ぼくの目の前には紺のスカートがあった。

見上げると、腕を組み仁王立ちしてぼくを見下ろす葛城がいた。

身長はそれほど高くはないが、その綺麗な黒髪ストレートのせいあってか、実際の身長よりも高く見える。

顔は丸くも細くもなく、可愛いとも美人とも言い難い。

中途半端な意見だが、致し方ない。

丸くて小さい鼻には赤茶色の縁メガネがかかっている。

この日、赤茶縁メガネの奥の彼女の瞳は怒っているように見えた。


文句、とは。

正直何のことかさっぱりわからなかった。

何を因縁つけられることがあろうか。

ぼくはただ、授業の合間の休み時間にまだぎこちな
いクラスメイトたちの様子を眺めていただけだ。

そもそも、一方的な文句を言わ
れる以前に、その時点でこの赤茶縁メガネの女生徒が葛城玲という名前であることすら、ぼくは知らなかった。

ぼくは黙ってその赤茶縁メガネの女の子を見つめていた。

奇妙な空気がぼくたちの間に流れた。

赤茶縁メガネもそれに気付いたのか、捨て台詞を吐いて自分の席に戻っていた。

「あなた、目つき、悪いよ」

葛城はいわゆる、お節介、というやつなのだ。



しばらくすると、柚原とその後に続いて葛城が教室に戻ってきた。

柚原は先生に「すみませんでした」と呟き軽く頭を下げた。

その後ぼくたちにも同じよう頭を下げ、柚原は席についた。

こう
していつものように授業は終わり、ぼくの夏休みがまた一日近づいた。



梟印1