化け物語・1 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

「もひもひ・・・」


それは全くもって無意識だった。

気付くと僕はうつ伏せのまま手を伸ばし、机の上で鳴く携帯を手に取っていた。

朦朧とした意識の中通話ボタンを押し、誰からの着信かも確認せず携帯を頬に当てた。

一瞬硬直した。

それは返事がなかったからだ。

間違い電話だろうか?

いや、単に僕の声が聞こえなかったのだろう。

僕は枕から顔を離し、口を開いた。


「もしもし・・・?」


再び問いかけると、スピーカーの向こうから一つ大きなため息が聞こえてきた。

女だ。

僕は嫌な予感がした。

そしてそれは的中することとなった。


「ちょっと桑野君!」


嫌な汗が全身の毛穴から溢れ出すのを感じた。


「何寝ぼけてんの?もう朝!仕事よ!」


朝倉先輩だ!

僕はベッドから跳び起きた。

と同時に、椅子の背に無造作に掛けられたスーツが視界に入る

僕はそのままの体勢で手を伸ばす。


「いてっ!」


バランスを崩した僕はベッドから転げ落ちた。

拍子に顎を強打したが、そんなこと構っている暇はない。

その体勢のままスーツを掴み取ると、フローリングの上をまるでスピードスケートのダッシュのように滑りつつも懸命に進む。

緩めたネクタイをきゅっと締め直し、スーツに腕を通す。

ボタンを掛け違いを直しながら玄関に到着すると、靴を履く。

右ポケットを探り、家と車の鍵があることも確認した。

いよいよドアノブに手を掛け、左肩に挟んだ携帯に向かって話し掛ける。


「すぐに行きます!」


しかし、玄関のドアを開けた浩平はあるおかしなことに気付いた。

外は真っ暗なのである。

遠くに摩天楼の明かりが見える。

この景色は明らかに朝ではない。

ではどういうことか。

唖然としている僕の耳に、携帯の向こうからくすくすと笑い声が届いた。

僕はこんどこそようやく正気に戻った、夢から覚めたのである。

この間10秒足らず。


「お前か・・・由美」

「新記録更新ね」


由美は笑いながら言った。

頭を掻きながら部屋に戻った僕は、ベッドに腰掛けると大きな溜め息をついた。

彼女の言っている“新記録”とは、ベッドから玄関の扉を開けるまでかかった時間のことだ。


「寝てたんでしょ」

「知っててかけてきたんだろ」

「そうよー。こっちは今まで残業だったのよ。それなのに家で呑気に居眠りなんてしてるからバチが当たったのよ。」

「なんだそれ」


由美とは同じ職場で、付き合い始めて2年になる、僕の恋人。

いわゆる職場恋愛ってやつだ。

もちろん同僚、上司たちには内緒だ。

騒ぎになってないところをみると、おそらくまだバレていないのだろう。

こういうことにはなかなかデリケートらしい。

以前に職場恋愛が発覚し失敗したカップルがあるとか、ないとか・・・。


実は、由美と出逢ったのは会社に入ってからではない。

彼女とは高校時代の同級生だったのだ。

失礼なことに、僕は彼女に言われるまでそれを忘れていた。

しかし、凛とした瞳、低めだが整った鼻、少しカールした長髪、昔と変わっていなかった。

当時僕は別の女性と付き合っていた。

実際由美とはほとんど話したことはなかったが、なかなかの人気だったことを覚えている。

進学先は違ったものの、こうして4年の月日を経て再会を果たしたことは何かの運命かもしれない。

僕は勝手にそんなことを考えていた。


由美は人のモノマネが得意だった。

そしてそれは彼女の趣味でもあった。

今回のようにおちょくられること多々あるが、僕は由美のモノマネを聞くのは好きだし、なにより楽しい。

彼女にこんなにユーモアのセンスがあるなんて知らなかったので、始めてそれを聞いたときはそのギャップに驚いてしまったが、今ではどうってことない。

こうして電話するたびに一度は彼女のモノマネを聞く。

もはや習慣と化していた。

彼女のモノマネは身近な人、主に職場の人たちに限定されていた。

男から女まで、後輩から上司まで、とにかく真似する。

中には似ているとは言い難いものもあるが、さっきの朝倉先輩のモノマネなんかは似すぎていて怖いくらいだ。


朝倉先輩は僕の直属の上司で、僕の部署では彼女の右に出るものはいない、といわれているほどやり手の女性社員だ。

僕は2年彼女の下で働いているが、もう何度怒鳴られたことか。

それまでもっていた変なプライドは全てぶち壊された。

それはそれで良かったのかもしれない、最初は恨みもしたが今では感謝している。

仕事はできるし英語も完璧、しかも美人ときた。

それゆえ、女性社員の憧れの的である。

しかし男性からは鬼上司として恐れられている、ようだ。


「ねえ、今から行ってもいい?」


由美の声で僕は現実に引き戻された。

今日は金曜日、明日は土曜日だ。


「いいよ。明日休みだし、泊まっていきなよ」

「やった!じゃあ今から行くね」


そう言って由美は電話を切った。

ふうっと一息吐いて立ち上がり、冷蔵庫を開けた。

ペットボトルの水を吸い付くように飲むと、やっと落ち着きを取り戻した。


「あ、」


冷蔵庫のビールが切れていた。

由美が来るまでまだ時間がある。

僕は近くのコンビにまでビールを買いに出掛けた。