ほしのこえ・3 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

左膝をさすった。





あの200段の石段が相当堪えたようだ。





私は寺の本堂に通され、ここで待つようにと言われた。





私は敷かれた座布団に腰を下ろし、住職はというと、せかせかと奥へと消えていった。








私がまだ中学生の頃、この丘に建つ寺によく友達と遊びに来た。





TVゲームが流行りだしたあの時分、外で走り回って遊ぶ子供は珍しかったかもしれない。





そして、ここに遊びに来る度に私たちは何かと騒ぎを起こし、あの住職にはよく怒鳴られたものだ。





野球をしていて、あらぬ方向に飛んだボールで窓ガラスを割ったことがある。





落ち葉を集めて焚き火をして、境内中に煙を充満させたことがある。





お腹が空いたので、お供え物の饅頭を食べたこともある。





極めつけは、叱られた腹いせに仏像に落書きをしたことだ。





今思えば、とんだ罰当たりな行為だ。





あれからずいぶん経つが、住職は今いくつになるのだろうか。








「足は、くずして結構だよ」








奥から戻ってきた住職にそういわれ、私は足をくずした。





彼は微笑みながらお茶を差し出し、私の向かいに座った。





「いただきます」私は湯飲みに手を伸ばし、お茶を一口すすった。








「あれから、ずいぶん変わったよ」








住職が襖を開けた。





海が見える。





ただ、あのテトラポットはもうない。





綺麗に舗装された海沿いの道が、緩いカーブを描きながら東西へ続いている。








「技術の進歩は素晴らしいね。あっという間に家やビルが建てられて、木々や、自然の再生も早かった。おかげで、あの悲惨な状況がまるで夢のようだ」住職は湯飲みに手を伸ばした。「それにしても、こっちは変わらんだろ」








私は部屋を見渡した。





たくさんの仏像がこちらを見下ろしている。








「ほら、この仏像だよ」住職は腰を上げ、仏像を1体手に取った。「君が落書きをした」








彼は私にそれを手渡した。





そこには自動車の絵が描かれていた。





あの頃の私は、自動車に興味があった。





将来はレーシングカーのメカニックになりたかった。





だからあんな落書きをしたのだ。








「すみません。久しぶりに、あそこに入りたいんですが」








住職に案内してもらったのは、古びた蔵だ。





私が仏像に落書きをして、住職にひっ捕まった私は、夜までこの蔵に閉じ込められた。





もちろん反省しろという意味で、だ。








「帰るときは、一言声掛けていってくれ」








そういうと、住職は本堂の方へと戻っていった。





私は重い戸をゆっくり開け、中に入った。





昼でも薄暗く、カビ臭いのは今も変わらないようだ。





天上は高く、今でも手が届かない場所に鉄格子がはまった窓が1つある。





私はあの時と同じように、埃が積もった何かの箱の上に腰を下ろした。





そして、この部屋唯一の窓を見上げた。








あの日、住職にここに閉じ込められ泣き疲れた私は、こうしてあの窓を見上げていた。





気付くと夜になっていて、そこには青空も茜空もなく。





しかし、よく目を凝らしてみると、暗闇の中に小さな光がぽつぽつと見えた。





星だ。





それまで空なんて見上げたことなどなかった。





自分の目線の高さで、そこにあるものにしか見てこなかったから、こんなに綺麗なものがこの世にあったのかと、当時の私は驚いたのだ。








「元気を出して」








そう彼らが言っているように思えた。





ほしのこえが、聞こえたような気がした。








気が付くと、私は居眠りをしていたようで、外は真っ暗だった。





見上げると、窓の、鉄格子の隙間から、星が見えた。








「元気を出して、か」








腰を上げ、尻についた埃を払った。





戸を開き外に出ると、久しぶりに新鮮な空気で肺が満たされた。





私はいわれた通り住職に声を掛け、寺を後にすることにした。





住職には「またいつでも来なさい」と言われたが・・・








私はゆっくりと石段を下り始めた。





街灯が私の足元を照らした。





またここを訪れることがあるのだろうか。





私にその資格があるのだろうか。








微かに。





懐かしい音色が聴こえる。





本当に僅かだったため、始めはどこから聞こえてくる音なのかわからなかった。





私がきょろきょろしていると、次第にその音色は大きくなり、後方からのものだとわかった。





そしてこれは、「星に願いを」だ。





私は振り向かえり、石段の先に視線をやった。





右脇にヘルメットを抱えた、宇宙服の男が立っている。








「父さん、待ってたよ」








そういうと彼は、左手で何かを放り投げた。





宙を舞ったそれを、私は体制を崩しつつも手の中に収めた。





私の手の中には、今、黒焦げたハーモニカがある。





慌てて視線を上へ戻したが、そこに息子の姿は、ない。