「あれ?」
腕時計は“1時25分”を指したまま止まっていた。
ケースから取り出し、振ったり叩いたりしてみたが動く気配はない。
「一昨日貰ったばっかりなのに・・・」
この時計は一昨日の夜、恋人の啓吾に貰ったものだ。
8月25日は梨菜の誕生日だった。
プレゼントされたのは、三角形の、不思議なデザインの腕時計。
それを腕に身に着け、今日からのちょっと遅めの夏季休暇は帰省するつもりだった。
梨菜は携帯を取り出し啓吾に電話をかけた。
今日は土曜日。
彼の仕事は休みのはずだ。
『どうした?』
『一昨日プレゼントしてくれた時計、電池切れちゃったみたいなの』
『そうなの?わかった今から取りに行くよ』
『え、いいよー。せっかくの休みなのに』
『いや、これから仕事。急な打ち合わせ入っちゃって。今から時計取りに行く。ついでに駅まで送ってやるよ』
『ありがとう』
『外で待ってて』
ものの数十分で啓吾がやってきた。
梨菜は後部座席にバックを置き、助手席に乗り込んだ。
そして啓吾に時計を渡した。
「ね、止まってるでしょ?」
「ホントだ。午前で仕事終わるから、その後店に持ってくよ」
「ありがと」
「じゃあな。気を付けてな」
梨菜は車から降り、手を振って仕事に行く啓吾を見送った。
啓吾の車が見えなくなると、バッグを持ち、高速バスのバス停へと向かった。
予定通り午前中に仕事の終わった啓吾は、先週時計を買った店へと向かった。
「すみません、先週ここで買ったこの時計なんですが・・・」
啓吾が事情を説明すると、女性店員は深々と頭を下げ「すぐ電池交換を致します」と言い、店の奥へ消えていった。
しばらく店内を見渡していると彼女が戻ってきた。
「あの・・・電池切れではないようです」
「え?」
「原因は解からないんですが、故障のようなので・・・」
結局一週間ほど預かってもらい修理してもらう事になった。
啓吾は車に乗り込んだ後、梨菜にその旨を打ち込んだメールを送った。
車のエンジンをかけるとカーラジオが流れてきた。
車内の時計の表示は“14:00”だ。
これから啓吾と梨菜のお気に入りのラジオ番組が始まる。
しかし、スピーカーからはいつものラジオDJじゃない、聞き覚えのない声が聴こえてきた。
――番組の前にまずニュースをお伝えします
――つい先ほど、1時25分頃、T駅発M県行きの高速バスが崖から転落する事故が発生しました
梨菜の乗ったはずのバスだ!
――事故現場は昨晩の大雨で地盤が緩んでおり、非常に危険な状態でした
――車体は爆発炎上を起こし、乗客乗員約30名の安否は今はまだ不明です
啓吾は助手席の携帯を掴み取り、着信履歴から梨菜へ電話を掛けた。
しかも、事故の起きた時刻は“1時25分”。
『・・・この電話は現在使われておりません・・・』
電話は通じない。
そのまま、何も無かったかのように番組が始まった。
――では早速今日の一曲目!ラジオネームRINAさんからのリクエスト!
啓吾はハッと、スピーカーに耳を傾けた。
懐かしいフレーズが聴こえた。