檸檬・2 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

倉内和真は学年で一番体が大きな生徒で、所謂ガキ大将という存在である。

彼の両親は酒屋を経営しており、しかし最近は店の経営も思わしくないようだった。

和真はそのことを知っていた。

夜中両親が家計簿を前に頭を抱えていることを彼は知っていたのだ。

決して裕福ではないが、彼は幼い頃から両親の深い愛を受けて育った。

横着で乱暴者で、時には反抗することもあるが、彼は両親を心配する優しい心を持った少年であった。


そんな和真少年が恋に落ちたのは、ほんの数ヶ月前のことだった。

東京の学校から転校してきた美しい少女に一目惚れをしたのだ。

その少女がみんなから好かれていることは、勿論知っていた。

そして、自分のような貧乏で乱暴な者には見向きもしないことも承知だった。


少女と正太郎が目で合図を送り合っているのに気が付いたのは、前の朗読の時間だった。

しきりに右に目をやる彼女を不思議に思い、その目線の先を追うと、そこには正太郎がいた。


この二人は、恋仲ではなかろうか?


彼は彼女に見向きされないことは承知だったので、彼女がどんな人を好きになろうとも関係はなかった。

ただ、彼女をあの金持ちのインテリ野郎に渡すことだけは、どうしても合点がいかなかったのだ。

彼の中に次第に憎しみとは違う、妬みとも違う、何か不思議な気持ちが込み上げてきた。

そして、その不思議な気持ちが頂点に達したときだった。


「いいかげんにしろ!」


和真は両手を机に叩きつけて立ち上がった。

生徒達が彼に注目した。


「倉内、どうした?」

「朗読の時間にこいつが加賀と」


「何だ?」と先生が訊き返す。


「目で合図を送り合っているんです」


正太郎は慌てて訂正をする。


「ちょっと待ってくれ、僕達はそんなこと・・・」

「嘘をつけ!俺はずっと見ていたんだ!」


和真は顔を真っ赤にして叫んだ。

教室がざわめき始めた。

正太郎も顔も真っ赤だった。

顔から火が噴き出そうだった。

自分達のしていることが教室中に知れ渡ったのだ、仕方が無い。

檸檬は俯いたまま動かない。

正太郎は焦り始めた。


「わかった、君はこの前の50メートルの徒競走で僕に負けたことが悔しいんだ!」

「なんだと?」

「だからそんな変な言い掛りをつけて僕を陥れようとしているんだ!」


正太郎は自分のこの発言に驚いた。

確かに先日行われた徒競走で正太郎と和真はタイムを競った。

結果、正太郎は和真より0.5秒速いタイムで走ることが出来、学年一足の速い生徒となった。

しかし、まさか自分のことを棚に上げるような発言をするとは、思ってもみなかった。

今まで一度足りとも、自分の能力をひけらかしたり自慢したりすることはなかったのだから。


和真は自分の机をひっくり返して「この野郎」と、正太郎の方へと向かっていった。

確かにそのことが悔しくなかった、と言ったら嘘になる。

しかし今は、ここで彼がその話を持ち出して自分を馬鹿にするような発言をした正太郎に怒っているのだ。

他の生徒達が和真の体を必死に止めようとするが、学年一体の大きな和真はそれらを次々と振りほどいていく。

やがて彼は正太郎の襟元を掴み、ぐうと言わせたのだった。


教室は一時騒然となったが、先生が倉内和真に一発拳骨を食らわしたことで落ち着きを取り戻した。

川端正太郎にも厳重注意が言い渡され、和真はしてやったり、という顔をした。

禄朗は教室の一番端、一番後ろの席でその様子を静かに眺めていたのだった。




禄朗の引き出しにはノートが敷き詰められていた。

その一番上のまだ真新しいノートを手に取り、机の上に広げた。

そこにはある文字がぎっしりと書かれていた。


“檸檬”


彼はペン立てから黒ボールペンを取り出して、いつものように黙々と書き始めた。


        檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬

        檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬 檸檬


いつか彼女が自分のモノになったとき、

正しく彼女の名前が書けるように、

そのために今からこの難しい漢字を練習しておこう。


ノートは、綺麗に整列した“檸檬”で埋っていく。