檸檬・1 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

学校から帰ってすぐ、自分の部屋へと向かった。

禄朗はいつものように勉強机の一番上の引き出しに手を掛けた。

鍵が掛かっていることを確認した後、ランドセルから小さな鍵を取り出した。

鍵を開けたその引き出しはずっしりと重く、しっかりと支えながらゆっくり前へと引っ張り出した。

その時、禄朗は今日学校で起こった出来事を思い出していた。


国語の時間だった。

教科書を開き、いつものように朗読が始まる。


『親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている。小学校にいる時分・・・』


川端正太郎はクラス一の優等生だ。

正太郎はとても裕福な家庭に産まれた。

というのも彼の父親は鉄鋼会社の社長であり、故にこれまで何不自由なく生活することができた。

クラスで一番勉強が出来、運動神経も良く、容姿もそれなりで、その上芸術面でも優れた才能を持っている。

しかし彼はそれらのことを他人にひけらかす事などなく、もちろんそれらのことで他人を自分より下に見たり軽蔑したりする事はなかった。

それが一部の生徒を除く多くのクラスメイトから信頼される所以なのだろう。


「はい、そこまで。次。」


先生にそう言われ正太郎は着席した。

後ろの席の生徒が続きを朗読する。


『親類のものから西洋製のナイフをもらって・・・』


しばらくの間教科書に目を落していた正太郎だが、やがて先生の目を窺いつつ、左へと視線を移した。

彼の目線の先には加賀檸檬がいた。

しばらく見つめていると、彼女の方もそろそろっと目線を動かし始めた。

まず先生の様子を窺い、そしてゆっくりとその目線を正太郎の方へと向けた。

二人は見つめ合った。

国語の授業中に、大勢の生徒が教室にいる中、二人は見つめ合う。

胸が高鳴り、やがてそれが頂点に達した時、二人の顔から笑みが零れる。

そして慌てて目線を教科書に戻すのだった。


加賀檸檬は数ヶ月前に都心の学校から転校してきた女子生徒だ。

彼女は某有名財閥の令嬢で、父親の仕事の関係でこちらへ越してきたのだという。(実は彼女の父親の会社と正太郎の父親の会社、少し関りがあった。そのことを知るのはもう少し先の話であった。)

彼女の容姿はとても美しく、その美貌に学年の男子生徒はみな魅了された。

もちろん正太郎もその内の一人だった。

檸檬は決して活発な少女ではなかった。

どちらかといえば大人しく、休み時間も読書をして過ごすような子だった。

それでも彼女の周りにはたくさんの人だかりができた。

皆、彼女と同じ時間を過ごしたい、そう願った。

加賀檸檬、彼女には不思議な魅力があったのだ。


檸檬はふと視線を感じた。

右を見ると、正太郎が再び彼女のことを見つめていた。

負けまいと彼女も見つめ返す。

そして胸の高鳴りが頂点に達し笑みが零れ、目線を逸らす。

これを幾度となく繰り返す、それが彼らの国語の時間の過ごし方だった。


しかしこの時、加賀檸檬に熱い視線を送っていたのは川端正太郎だけではなかった。