高校3年。
俊介にとって最後の夏だった。
県大会まであと数日と迫った、ある夏の日。
良太は別に、そんなつもりではなかった。
ただちょっと懲らしめてやろうと思っただけだった。
「俊介のやつ、なんか最近イラついてるよな」
「俺なんて、昨日俊介に『遅いヤツは邪魔だ』とか言われたぜ。腹立つよなー」
「それ、ひっでー」
「まあ、大会近いしな」
「それにしても威張りすぎだろ」
そんな会話をしていると叱責が飛んだ。
「いつまでも話してるんじゃない!ちゃんと練習しろ!」
俊介だった。
「わかってるよ」
彼らは小さな声で答えた。
俊介と良太は、中学時代から陸上を一緒に続けていた仲間だった。
俊介は優秀な陸上選手で、県大会の常連。
良太はというと、市の大会で入賞程度の実力だった。
が、二人は非常に仲が良かった。
それが最近変わりつつあった。
同じ陸上の名門の高校に進学し、一緒に部に入った。
二年の夏に俊介は部長に、良太は副部長に任命された。
次第に二人の意見は食い違うようになり、よく衝突をするようになった。
「なあ、ちょっと懲らしめてやろうぜ」
良太は俊介のことをよく思ってない部員を集め、練習後の部室で計画を話した。
心理作戦だった。
タイム測定。
みんないつも絶好調なわけではない。
もちろん浮き沈みがある。
大会までの残り一ヶ月。
この時期は、その不安定な状態を最高潮までもっていく大切な時期だ。
同時に焦りが生じ始める時期でもある。
良太はそこにつけ込もうと考えた。
俊介のタイムが落ちたころを見計らって、すかさず声を掛けた。
「俊介、どうした?足の調子悪いのか?」
俊介は、おや?っという顔をした。
「いや、なんともない」
そう言って立ち去ったが、ふと立ち止まり、右ひざをさすった。
ちょっと痛みがあったかもしれない…、そう思った。
良太はそれをも見逃さなかった。
それを機に、良太達は毎日のように俊介に足のことを訊ねるようにした。
廊下ですれ違うときにも。
「歩き方、おかしいぞ」
「おい、俊介?どうした?ひざが痛いのか?」
それからというもの、俊介は自分の足が異常に気になりだした。
ひざを曲げ伸ばししてみたり、さすってみたり。
次第にひざに痛みがやってきた。
一週間経った頃には、俊介の足は完全に壊れ始めていた。
足だけではない、心も壊れ始めていた。
自分の足の状態の悪化に加え、数週間後に迫った試合へのプレッシャー。
俊介は精神的にかなり参っていた。
「俊介、大丈夫か?タイムがどんどん落ちてるぞ」
「大丈夫です…」
「足の調子が悪いのか?病院に行くか?」
監督が心配して声を掛けてきた。
それをも、俊介を精神的に追いやることになった。
大会まで一週間と迫ったある日、俊介は遂に走れなくなった。
はじめ、俊介のひざは全く異常はなかった。
これっぽちも異常はなかったのだ。
それを“心理的刷り込み”によって、ここまで破壊した。
俊介は絶望に深い闇に落ちてしまった。
足が動かない。
這い上がることも出来ない。
そして、自ら命を絶った。
校舎の屋上から飛び降りた。
県大会まであと数日と迫った、ある夏の日のことだ。
良太は思った。
こんなはずではなかった。
死んでしまうなんて、想定外だった。
ちょっと懲らしめてやろうと思っただけだった。
こんなはずでは…