黒野研究室・6 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

「先生、『リーマン予想』の解決失敗で自殺者が出たみたいです」











「ほお・・・。同じ数学者として、とても残念だ」























黒野教授は、お気に入りの回転椅子の背もたれをギシギシ鳴らしながら天を仰いだ。

























「どこの国の人だね?」



「えっと・・・」























カチカチ。








秋川は慌ててさっきのウェブページに戻った。























「日本人ですよ」











「何!?」























教授の突然の大声に、秋川は驚いた。











振り返ると、つい今まで椅子に座ってくつろいでいたはずの教授は立ち上がり、両手を机の上に乗せ、前のめりになってパソコンを覗き込もうと必死になっている。























「名前は?川端、じゃないだろうな?」











「いいえ、全然違いますよ」











「そうか」























安著の表情を浮べ、教授は再び椅子に座り直した。











背もたれがギシギシ鳴った。























「その川端先生?は先生の知り合いなんですか?」











「いや、知り合いも何も、川端先生は私が学生の頃にお世話になった恩師だ。」











「あれ?先生はリーマン予想の研究をしていたんですか?」











「いや、私は川端先生の下で素数の研究をしていた」























いや、何かおかしいぞ。











確か前に・・・











秋川は過去の記憶を遡ってみた。











やっぱり間違いなかった。























「先生。先生は大学で宇宙論を学んだ、って言ってませんでした?」























秋川のしてやったりの表情に対し、黒野教授はおやおやという表情だった。























「そうだ。だが、大学院では素数を学んだ」











「あ・・・」























そうか、そりゃそうだろうな。











と、秋川はちょっと恥ずかしくなり、手のひらで軽く頬を撫でた。











話を反らそう。























「ところで先生?リーマン予想とはどんな問題なんですか?」











「なんだ?整数論を学んでいる者がそんなことも知らんのか?」











「いや、でも、僕は代数整数論が専門ですし・・・。素数は解析整数論ですよね?」























秋川は右手で頭を掻きながら誤魔化した。























「まあ、いい。そうだな、『リーマン予想』とは・・・この150年の間、誰にも解かれていない問題ということは知ってるな?」











「はい」











「ではここからだ。この世には素数という“不思議な数”が存在する・・・」























素数の一番有名な性質は、素数は「1」とその数自身でしか割り切れない、ということ。それ以外にも、素数は出現パターンが不規則でわからないという性質ももっていて、そのため現在ではネット通信等の暗号に利用されている。そして、その素数の表れる個数が計算できるんではないか?という考えの下生まれたのが『素数定理』と呼ばれるもの。これに重要な影響を与えるのが『リーマン予想』だ。その予想とはつまり、「ゼータ関数で、ゼータが0になる複素数解の全部は、実部が1/2となる」、解り易く式で書くと・・・























  ζ(χ)=0となるχにおいて、χ=a+bi(複素数解)となるとき、a=1/2である。ただし、b1























「と、いうわけだ」











「なるほど、大体解りました。つまり、」























縦軸b横軸aの複素数平面を考えて、a=1/2の直線状にχがあり続ければ予想は正しい。もしもχ一つでも直線を外れてしまったら予想は間違い。























「こういうことですね」











「そういうことだ。もしこれによって素数定理が完成し、素数のパターンが解明されれば、暗号解読に大きな影響を与える。ただ、素数定理はリーマン予想を使わなくとも証明できる・・・」











「あれ?そうなんですか?じゃあなぜ・・・」











「リーマン予想の秘密は、その零点(つまり、ζ(χ)=0となるχのこと)にある。それは実は自然界のカオスと同じパターンを示す。つまりだな、」























黒野教授は右の人差し指で、机の上をコツコツと叩いた。























「リーマン予想は、この現実世界と素数の存在する抽象の世界の架け橋となるのだ!」











100万ドルの賞金なんて目じゃないですね、そこまでいくと。不滅の名誉ですよ。」























教授は頷き、続けた。

























「川端先生は、まだ若くてとても優しい先生だった。物理化学科を卒業して、いきなり大学院の数学科に転科した変わり者の私に、色々なことを教えてくれた。主に“数の秘密”についてだった。」




「川端先生は今でもリーマン予想の研究を?」











「おそらくな。もう10年以上もお会いしていないが、あの先生は熱心だ。きっと今でも続けている。だからこそ心配だった」













一見単純そうに見える数式だが、150年もの間、多くの天才たちを悩ましてきた難問だ。




何年もかけてやっと証明を完成させたと思っても、たった一つのミスでその証明はすべて台無しだ。




それに絶望し、気がおかしくなって死を選択する人も少なくはないのだ。


















「先生の素数の研究とは?一体どんなものだったんですか?」











「例えば、2以上の偶数を1つ言いなさい。どんな偶数でもいい」











「はい、じゃあ、“52”で」











52=11+41











「・・・?」























秋川は一瞬、何が起こったのかわからなかった。























「“28”」











28=5+23











「あぁ」























そういうことか、と。











先生は2つの素数の足し算をしている。























「“2以上の偶数は2つの素数の和となる”という素数の性質ですね」











「そうだ、私はこの研究をしていた。結局この謎は解らず仕舞いだったがな」










































数にはたくさんの秘密が隠されている。













宇宙の秘密と同じくらい多くの秘密が。









その秘密についてはまた後日紹介するとして・・・








最後に1つ、素数について。











先程教授が紹介したのは、2以上の偶数は2つの素数の和になること。











では、奇数は?











5以上の奇数を考えて。











それは、3つの素数の和になるはず。











27”で試してみてください、きっとそうなるはず。























ちなみに、「0」と「1」は素数ではないので、ご注意を。