花・1 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

転校生というのは往々にして変なヤツが多い、というのは物語の中の話だと、僕はそう思っていた。

 

これは、僕が転校生というものを初めて迎え入れた時の話だ。

 

小学6年の夏前、まだ梅雨真っ只中、そんな時期に僕のクラスに転校生がやってきた。


両親の仕事の関係でこの時期に転校してくることになった、と先生は説明した。


実は僕にとってクラスに転校生がやって来るというのは初めての経験で、1人わくわくしていた。


転校生は名前をサトルと言った。


背は低く、丸刈り丸顔で、「あいつ、足速そうだな」と、男の子の中で密かに囁かれていた。


確かにそういう顔をしていたが、それは大いなる勘違いで、運動はまるきしダメだった。


その上、休み時間はほとんど自分の机から動かず、いつも何か考えているようだった。


それ故、男の子からはあまり好かれることはなかく、僕はかなり興味津々だったものの話し掛けることが出来なかった。



 

僕が彼に初めて話し掛けたのは、いよいよ夏休み、という時期の金曜日の事だった。


家の方向が一緒だということを知ったのだ。


僕の数十メートル先を歩いていた彼に駆け寄って行き、家は何処なの?とかそういう話をした。


彼は5丁目の小さなマンションに住んでいるらしく、学校からはかなり距離があるようだった。


それにしても、誰かと話すのは久しぶりだったのか、彼は終始とてもいい笑顔だった。


そして帰り際には彼の口から「明日家に来ない?」という言葉が出た。


興味があったので次の日彼の家を訪ねることになり、その日はそこで別れた。



 

彼の言っていた通りそこは小さな、決して綺麗ではないマンションというのかアパートというのか、白い壁はもはや灰色に変わりつつあった。


僕は所々錆びた手すりを借りながら、カンカンと階段を上って行った。


2階の奥から3番目の部屋が彼らの家らしい。


インターホンが壊れていたのでドアをノックした。


返事は無く、僕はもう一度ドアをノックしたが、やはり返事は無かった。


どうしたんだろ、コンビニまで買い物にでも行ってるのかな?なんて思っていると、自然にドアノブへと手が伸びていた。


ノブを回すとカチャっと音がした。


ドアは開いていた。


そっとドアを開き、中を覗きこんで「こんにちは」と声を掛けてみた。


やはり返事は無かった。


一瞬躊躇ったが、僕は家の中入ることにした。


いや躊躇わなかったかもしれない、ほとんど吸い込まれるようだった。


それは彼の家には本当に何も無かったからだ。


家具はほとんど見られない、あるのは狭いキッチンに辛うじて冷蔵庫と、家具は机と椅子一脚だけだ。


その机の上には、牛乳瓶がポツンと置いてあり、たんぽぽが一輪挿してある。


茎をしゃんと伸ばしたそのたんぽぽは不思議なほど美しく咲いていた。


さらに奥の部屋があり、その部屋を覗こうと前に足を進めた瞬間、玄関のドアが開く音がした。


サトル君だった。


彼は僕が勝手に家の中に入っていた事を気にすることなく「いらっしゃい」と言った。


手には花が握られていた。


「それ何?」と尋ねると、靴を脱ぎながら「これはオキザリソウって呼ばれてる花だよ。裏の草むらに生え

てたのを採ってきたんだ」と答えた。


彼はオキザリソウを手に奥の部屋に入って行ったので、僕もそれについて行った。



 

部屋のカーテンは閉められていたが、その隙間からは光が差し込んでいた。


そのカーテンをサッと開くと窓の向こうにはベランダがあり、そこには沢山の花が咲いていた。


僕がそれに見惚れている間に、サトル君は押入から上部を切り取った牛乳パックを取り出し、そこに土とオキザリソウを入れた。


「植物育てるのが好きなんだ。」そう言いながら彼は窓を開け、ベランダにオキザリソウが入った牛乳パックを置いた。


そこには同じように牛乳パックに入った草花がずらり並んでいた。


どれもしゃんと背を伸ばし、不思議なくらい綺麗に咲いていた。


それらに一通り水をやり、窓を閉めた彼は部屋の中をきょろきょろ見渡している僕に「どうしたの?」

と声を掛けた。


「いや、家具が少ないんだなぁって思って。」と言うと彼は「まだ引越し全部終わってないんだ」と答え、続けて「椅子が1つしかないけど、どうして?」と僕が何気なく聞くと「二人とも忙しくて滅多に帰ってこないんだ。」彼はそう静かに答えた。


彼があまりにも寂しそうに答えたので「まずい事を訊いた」、そう思った僕は「僕にもその牛乳パックくれない?」と言っていた、植物なんかに全く興味ないのに。


「うん、いいよ。これから一緒に花探しに行かない?」


笑顔の彼に僕は「うん。」と返事した。