隠ん | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

「月はなぜ欠けるか知ってるか?」

 

これは僕が中学に上がる前の話だ。

規則正しく刻まれる音が部屋中に響いていた。

僕の父方の祖父が横たわっているのは死の床。

静寂を破って祖父が擦れた声で僕を枕元に呼んだ。

 

「月はなぜ欠けるか知ってるか?」

「え?」

 

確か理科の授業で習った。

しかし僕は答えられなかった。

この後「勉強不足だ」と言って、また父親に怒られるんだ。

僕が恥ずかしくて小さくなっていると、祖父は続きを話し始めた。

 

「月が欠けるのは鬼のせいなんだ。」

「・・・。」

 

声が出なかった。

僕を含め、集まっていた親戚一同が「えっ?」という顔をした。

その場の空気が一転した。

 

「鬼が月を食べているんだ。だから月が欠ける。」

 

おじちゃん、遂に頭までおかしくなっちゃったんだ・・・僕は素直にそう思った。

その当時、僕は広島に住んでいた。

そのため仙台に住んでいる祖父に会う機会はほとんどなかった。

小学校4年生の夏休みに遊びに行ったときには祖父の病気はかなり進行していた。

手の震えでカメラのシャッターを押すことすら出来なかった。

 

「『鬼』の語源を知っているか?」

「わかんない。」

「『鬼』は、森の木々の闇に隠れた者・・・『隠ん(おん)』に由来する。暗闇を眺めるうちに、人々はそこに恐ろしい妖怪の姿を見出した・・・。」

「へ~。」

「夜の暗闇に姿を隠した鬼は、夜な夜な月を食べているんだ・・・。」

 

祖父は真剣な顔をして言う。

しかし、僕はこの話は変だと思った。

僕だけじゃない、その場にいたみんながそう思ったはずだ。

 

「でもおじいちゃん、月はちゃんと空にあるよ。」

 

その日の夜空にはしっかりと月が輝いていた。

しかもその月は鬼の食べかけの月ではなかった。

祖父は静かに笑った。

 

「その通りだ。鬼に食べられたはずの月が再び空に現れる。」

「・・・。」

「それはなぜか。わかるか?」

「そんなのわかんないよ。」

 

僕は投げやり気味に言った。

祖父は目を閉じた。

 

「それは・・・」

 

直後、祖父の様態は急変し、そのまま息を引き取った。

話の続きを語らないまま。

 

僕が天体に興味を持ったのはこの時からだ。

理系の大学に進学して宇宙論を学びたかった。

しかし受験に失敗し、今は機械工学科に在籍している。

 

 

僕の祖父は大きな謎を残しこの世を去った。

 

“月の公転によって月の位置が変わると、地球から見た月の明るい部分の見え方が変わる”

 

これが月の満ち欠けの仕組みだ。

しかし祖父は、

 

「月が欠けるのは鬼が食べるからだ」

 

と言った。

では、満ちるのは・・・?

 

祖父は何と言いたかったのだろうか?

いや、何を伝えたかったのだろうか?と言った方が正しいのか。

 

なぞなぞじみたものなのか、とんちが効いた何かなのか・・・

 

祖父がいない今、

永遠に謎のままだ。